柚子のその言葉に、尚志は笑顔を崩さない。

 柚子は尚志の本当のことを知らなくて。知らないうえで「何かあったであろう」と友人に問いかけた。


「何もないよ? どうして」
「桐谷ちゃんの様子、おかしかったからさ」
「何であの子の様子がおかしいと俺に何かあるのさ」
「お前と千穂も、おかしかったから」


 そんなことないよ。尚志はその言葉を押し通す。
 柚子は自分の唇をぎゅうを噛んで、尚志を睨むように見据えた。


「俺、お前のこと……よく、わかんねぇよ」


 小さく、けれども確実に伝わるように。柚子は音を発した。
 尚志は黙った。ただ、黙って柚子を見た。


「その笑顔が、嘘くさいんだよ」


 顔を、視線を下げていた柚子は顔を上げる。
 視線を上げて、柚子は息を飲んだ。

 いつもの笑顔の尚志はそこにはいなかった。
 心のなく、表情のない瞳でただただ柚子を見ていた。


「……尚、志?」

「わかるわけ、ないよ」


 笑みも。
 怒りも。
 悲しみも。
 涙も。

 何もない。そんな表情を浮かべる。


「優しい柚子に、俺のことなんてわかるはずない」


 綺麗な人間に、わかるはずなんてないよ。



 尚志はそう言って、柚子に再び作りものの笑顔を押し付けた。




(act5. end)

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