──太陽みたいな子がいたんだ。


暗い世界で、地獄みたいな世界で。
優しい優しい飼い主が現れて、俺を逃がして、家族同様愛してくれるまで、そりゃあもう地獄だった。


そんな世界でさ、君は笑っていた。

俺はそんな、君が大好きだったの。


なのに。


それを奪ったのは、あんただ。








「──リヤン?」


突然走り出したリヤンを探して、久住は小走りで移動していた。

普段はそういった行動がなく、自分の命に従順なリヤンが走り去ったものだから、久住は驚きを隠せずにいた。


わずかに残る足跡を追いかけて、大きな犬を探す。


目に映ったのは、赤。

赤い赤い血。
複数の死体。

「……何、で」


それは確かにエリート班の人間で。

なんで、こうもあっさり?


久住が静かに、機械的に視線をずらす。

探していた相棒と、その相棒が珍しく懐いた女が、そこに倒れている。
当然のように、血まみれで。


「何で……?」

久住の瞳から涙はでなかった。
信じられない気持ちが大きかったから。

どうしたんだ、殺戮兵器が文治派に媚びへつらいでもしたのか。
そうでもないとありえないだろう、この惨状。

それとも……



視線の先に、赤の混じった足跡を見つける。
女じゃない、男の足の大きさだ。


ハンドガンを手に持ち、足跡を辿る。

隠れていたのか、横から現れた犯人であろうその男はナイフを久住に突きつける。

「……貴様、殺気立ちすぎだろう」

「──見つけた」


自分に突きつけられたナイフを気にする様子もなく久住は男に銃を向けトリガーを引いた。

躊躇ないその行動に、男は距離を取る。


「いつもそうだ、あんたは」

「……何だ、俺を知っているのか?」

「あんたはどれだけ俺の大切なものを奪えば気が済むんだよ!!」


久住が探していたのは目の前にいる男だった。
小さい頃からずっと、そいつを探していて。

文治派に買われたことは知っていたから、久住は敵対している武力派に来たのだ。


「あんたを殺すためにさぁ、今まで生きてきたのに」

――ずっと見つからなくて、しんどかったよ。

久住は男を覚めた表情で見つめる。


「……お前自身にも、お前に恨まれる理由も思い当たらない」

「太陽を殺したろ」


太陽のような、少女を。

その言葉で通じたのか。
少しだけ動揺が見えた。

ほらほら、同じだ。
あんたも彼女を……珠希を太陽だと思っていた。
あそこにいた大抵の子供は、そう思っていただろう。

やはりこいつは間違いない。
──小野寺刹那だ。


「あんたは知らないよ、俺のことなんてきっと」


あんなたくさんいた奴隷の中の1人なんて覚えてないんだろう?


久住はもう1丁ハンドガンを手に取り、笑う。

笑ってなきゃやってらんねぇよ。


無意識にも近い行動で、久住は右耳のピアスを引っ掻いた。
目の前の男と同じ、奴隷の印のような穴。


「……何だ、どいつもこいつも。あんたも、珠希だって同じだろう。使えなくなった餓鬼を殺さなきゃ、生きられなかったろ」

「それでも大切な人が死んだら、許せないのは許せない」


理不尽で、我が儘で、矛盾してて。
わかってはいるんだ。
でも人間なんだから、仕方がない。
許せないことだって、ある。自分のことを棚にだってあげる。


一歩踏み出しても刹那は反応しない。

様子を伺うように久住を見ていた。


「死ねよ」


ハンドガンを久住は刹那に向ける。

刹那は重心を前面下方に落として、頭を低くしながら久住の方へ勢いづけて走った。


銃弾がかする程度、気にしないような男の振る舞いに久住は舌打ちをする。

刹那が撃ったマシンガンによって、久住の手から血が出、右手のハンドガンが遠くへと飛んでいく。


左手にあるハンドガンを撃ちながら即座に久住はホルダーから別のハンドガンを右手に持った。

別方向から飛んできた銃弾に気付き久住はすぐよけた。

刹那は容赦なくその僅かな隙で右側の大腿にナイフを突き立てる。


「う、あっ……!?」


ナイフのせいで膝ががくりと歪み、雪の上に膝をつく。


久住は背中を蹴られ、顔が雪にこんにちはした。


上に乗られては動けなくて、ハンドガンも奪われる。


どこからか現れた男がゴーグルを外して一息ついた。
先ほどの銃弾はこの男のか。


明るい髪の色がどこか太陽の少女を思い出させる。


「お前……珠希と仲が良かったやつか」

思い出したように、刹那は呟く。


「珠希?」
「過去の話」


刹那がやんわりそう告げると、刹那の相棒である春樹はそう、と呟いた。


「俺の名前と似てんね。珠希と春樹」

茶化すようにそういった春樹に刹那は「そうでもない」と呆れたように告げた。


「……似てるね、彼と珠希」


久住は笑うような声で、そう告げた。
刹那から久住の表情は読みとれないようで、無言で視線を逸らす。


「重ねてるの?」
「そんなんじゃない」

そうじゃねぇ。
繰り返して刹那は言葉を吐き出した。


「ただの偶然、ただのバディだ」


そう。
どうでもいいけど。

久住はそう告げるように、嘲笑を漏らした。



──悪い。

久住の上にいる男は、そう小さく告げてトリガーを引いた。

静かな白銀の世界に、嫌な音と発砲音が響く。


同情か、憐れみか。
死なないように、だけれど動けないように。

刹那は久住を撃った。


……時間が立てば出血多量で死ぬだろう。

馬鹿かよ。こんなの、逆に残酷だ。


死にたいのに、苦しいのに、死ねない。
ゆっくりと、自分の死を待つだけだ。


「……ごめんな」


刹那の言葉が降ってきた。


貴様とかお前とかあんたとか。
悪いとか、ごめんなとか。
喋り方とか。


あんたも安定してないね。
ぐちゃぐちゃじゃないか。
……奴隷出身じゃ、仕方のないことかもね。

自分自身の存在価値もわからなくなっちゃうし。
周りからの評価もあったもんじゃない。
……最初から、ゴミ箱部隊に入れられちゃうくらいにはね。


立ち去る音だけを確認する。


久住は、狂ったように小さく笑って。

雪を少しずつ、確実に赤く染めていた。


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僕らの太陽
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