「あー……ああー」
真穂が発声するように声を上げれば、彼女の同室である友人、有紗が気色悪いと一蹴する。
「あぁ、そういえばいたよ、昨日戦場に」
「何が?」
「歌うお兄さん」
子供の番組に出てきそうな呼び名だ。
歌王子とどっこいどっこいだな。真穂は苦笑した。
「久住さん?」
「や、名前は知らんけど。何ていうか、気持ちわりーね」
彼女は顔をしかめてそう言った。
気持ち悪い?どこが?と真穂は首を傾げる。
変な奴だ、と有紗は更に言葉を重ねた。
「歌なんて歌ってりゃ場所バレるのに」
敵に見つかってしまう。
雪に吸収されるとはいっても確実に消える訳じゃない。
真穂のように聞き分ける人間もいるだろう。
有紗はベッドに寝転がった。
「私はあの人、怖いわ」
「そうかなぁ、綺麗な人だと思うけど」
「怖いもの無しのエリートにはわからない話よ」
皮肉っぽく、有紗は告げる。
なんだよぅ、親友じゃないか。
何でそんな嫌みったらしく言うのさ。
真穂は拗ねるように唇をとんがらせてみせた。
有紗はそんな真穂を無視して寝始めたので、真穂はつまらなそうにお菓子をほおばった。
今日も仕事という名の敵戦力潰し。
もうさ、航空支援とかでババー!っと一掃しちゃいたいよね。
そこそこの軍力はあるわけなんだから、使えるものは出し惜しみせずに出せば良い。
殺戮兵器、と呼ばれていた女が文治派に捕まって戦力をだいぶ殺がれたのだから尚更余裕ぶってる暇なんてないじゃないか。
真穂はそんなことを考えながら激戦区らしい寂れた街に踏み込む。
先に投入されていたC班が戦っているはずだ。
愛銃のアサルトライフルAK47を構えて、弾倉を確認する。
よし、十分だろうと真穂は愛銃を眺める。
「私、左行きます」
しっかりと弾倉が装填されているのを確認して、発砲音の激しい方へと向かうと班長に告げて真穂は足を進める。
しばらくして、発砲音は鳴り止む。
あれ、もう決着ついちゃった系?
わん、と鳴き声が聞こえる。
あ、なんだか聞いたことのある鳴き声だ。
「リヤ……ぶぁっ!」
前と同じようにその犬は真穂に飛びついてくる。
おお……元気だな。
リヤンがここにいるということは久住さんもいるのか。
真穂は周りを確認しようとしたが視界はリヤンでいっぱいだった。
……ってことは、彼はC班なのか。
意外だ。せいぜいDだと思ってたのに。
わん、ともう一度鳴く。
足音が聞こえてきた。久住が現れたらしい。
「駄目だろ、敵に懐いちゃ」
向けられたのはハンドガン。
真穂を敵だと勘違いしているようだ。
「く、久住さん!私です!梨丘ッ!」
真穂の声で、銃は下げられる。
一安心して真穂は胸を撫で下ろした。
「……リヤン、カム」
リヤンが久住の言葉で真穂の上からどける。
視界いっぱいリヤンのターンが終わり、真穂を見下す久住がそこにいた。
「A班、ここなの」
「はい。他の人は?」
「さぁ?俺だけだと思ってたけど」
……ん?
C班って単独行動班なの?デンジャラスだな。
「単独行動危なくない?」
「んんー、そんなこと言われても俺とリヤンだけだしなぁ」
あまり会話が成り立ってないように真穂は感じた。
班がいない?いやでも、C班はたくさんいたはずだ。
全滅?さすがにそれはないだろう。
「C班、ですよね?」
「俺ぇ?」
久住は綺麗な目が細めた。
それはどうやら、否定のようで。
周りはやけに静かで、冷たい風が真穂と久住を襲う。
「Cの担当区域はもっとあっち側でしょ」
真穂は向かう場所を間違っていたらしい。
……班長も止めてくれればいいのに。
真穂は困ったように武器を下した。
銃声聞こえてきたから特に止めなかったんだろうけど。
「前も聞いたけど……じゃあ久住さんは何班なんですか?」
目を細める彼が。
薄い唇を細める彼が。
真穂は、やけに怖く思えた。
久住はハンドガンを横に向けて発砲する。
敵がいたらしいそこから、人間が崩れる音がした。
改造してるのかもしれない。
真穂の知ってるハンドガンの何倍もの威力のようだ。
「たぶんね、真穂ちゃんは知らない方がいいよ」
「何で」
「引いちゃうから」
もしかして、極秘部隊とか!?
何それカッコいい。
わんこと人間の特殊部隊。
真穂は楽しそうに手で拳を作る。
「いうなればS班!スペシャルエリート!」
「何となくどういった結論に至ったのかは理解した。真穂ちゃんわかりやすいって言われない?」
「よく言われる」
主に有紗に。
くすくす久住は笑う。
そしてしゃがんで真穂と目線の高さを合わせた。
目を細めて、口で弧を描いた。
「逆」
久住はリヤンの頭を撫でながら、わざとらしく自分の頭にごつりと銃を向けてみせる。
自分はいらない、と揶揄するような行動だった。
「Zだよ、Z」
ぜっと……?
えっくす、わい、ぜっと。
Z。最後。
そもそもGまでしかないはずじゃないか。
真穂は納得がいかないように、久住を見つめる。
「エリートさんは知らないかな。別称ゴミ箱の屑部隊は」
真穂はそんな班のことを全然知らなかった。
「早く消えて欲しいのか、超激戦区に安物の武器で突入させんの」
久住は手持ちのハンドガンをくるくる回す。
「おもしろくないから、俺は死んでやらないけど」
相当な腕の持ち主らしい、久住は。
そんな状況で、何度か生還しているということだから。
仲間がいないのもすぐ死んでしまうからのようだ。
腕前だけならA班にいてもおかしくないじゃないか。
なんでそんな彼が、こんなところにいるのか。
真穂にはわからなかった。
「エリートとは天地の差だよね。だから、俺は君を尊敬してるよ、エリートさん」
そのセリフは、その状態では皮肉のような言葉だったけれど。
彼が放った穏やかな口調は、皮肉ではないように真穂に届いた。
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ゴミ箱部隊
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