赤く染まる。

冬だって、抗争は終わらない。
むしろ音が雪に吸収されるからか、なかなかやりにくい。


そんな中、その声は鮮明に真穂の耳に届いた。


  
雪の上に重なる死体に向かって、歌を歌うその声はやたらと鮮明に聞こえたんだ。


──私はあなた達を忘れない。


真穂は英語は苦手だからよく分からないようであったけど、そんな歌詞だと思っていた。


それは仲間の死を弔う、鎮魂歌のようなものだった。
英語で歌われたらしいその歌は、とても心地良い。

それを歌っている男の人は、静かに雪を見つめていた。





「歌の上手い兵士はいないかぁ?」

帰ってから真穂は友人にそう問うと、彼女は首を傾けて怪訝な顔をする。


「そうそう、しかも男」

「こんな荒々しいやつらばかりの武力派にいると思うか?」


そうなんだよね。
真穂は口に食べ物を運びながら視線を右上にやった。

しかも彼は思ったより華奢だったと思う。
いや、着込んでたからわからないけど。
顔からしてムキムキマッチョ!が似合わない顔だったから。

見間違えただけで文治派の人間だったかも。
殺しとけば良かった。


「真穂、それがどうした」

「もう一度歌を聞きたいなぁとか思ってみましたり」

「そんなに良かったんだ?」

「すごく」


その歌は聞いたことがなかったけれど、聞いていてこちらまで泣き出しそうになるようなものだったから。



「また明日ね」

真穂は夜飯を全て口に運んで、食堂を後にする。


部屋まで向かう道をゆったり歩いていく。

はぁ、はぁと荒々しい声が前から聞こえてきてぼうっと前を向くと灰色の毛むくじゃらが真穂に飛びかかった。

「ほあぁ!?」

完全に油断していた真穂はわけのわからない悲鳴を口にして毛むくじゃらに押し倒される。

どたーん、と大きな音を立てて床に倒れた。
灰色の毛むくじゃら……狼のような犬は、真穂の顔を舐める舐める。


「ぶはっ、くすぐった……!」

何で犬。
どこの犬。


「リヤン!」

リヤンという名前の犬らしい。
名前を呼ばれたそれは顔を上げて、嬉しそうに走っていく。

飼い主様が来たのか。
軍用犬なんていたんだなぁ。
真穂は感心したように、ゆっくりと起き上がろうとする。真穂は動物の世話といった類のことが苦手だったから。


「ごめんね……大丈夫ですか?」


真穂に手をさしのべてくる人。


「あ、歌姫いた!」 

それは昨日の綺麗な歌の人。

「う、歌姫……?」
「男だから歌姫はおかしいなぁ……うーん、歌王子?」

リヤンがわんと吠えて舌を出す。
よし、君が賛成なら歌王子でいいな。

歌王子と真穂が命名した彼はハンカチを出して真穂の顔を丁寧に拭く。謝罪しながら。


「ねー、王子。その子可愛いね」

「王子って……そう?相棒なんだ」


男が嬉しそうに目を細める。
男は真穂がタメ口で話しているのを聞いて、優しげな口調で話し出す。

何だ、綺麗な人だなぁ。

抗争なんて似合わないその人を真穂は見つめて、何か言いたげであったので首を傾ける。


「王子?」
「あの、俺王子とかじゃないんで……名前で呼んでくれると嬉しいんだけど」


王子と言われるのが嫌だったらしい。


「俺の名前は、八王子久住」
「あ、私は梨丘真穂です」


苗字!結局王子じゃないか!


「八王子さんは、」
「……久住で、お願いします」


真穂が「王子」を強調してしまったからか。
久住は困ったように笑いかける。


「……久住さんは、どうして歌っていたの?」

「歌?」

「今日の戦いの中で、歌ってたでしょ」


あぁ、と気の抜けた返事が帰ってくる。


「鎮魂歌だよ」
「あぁ、やっぱりそうだったんだ」

名の通り魂を鎮める歌。
死んだ仲間達が安らかに眠れるよう祈る歌。


「俺ね、歌うの好きなんだよね」

きれいに笑う久住さん。

やっぱり抗争なんて似合わないその人が生きてることが真穂にとって不思議だった。
弱そうだし。


「久住さん、何班?」

武力派はA班からG班くらいにまで分かれていて、グループ行動が基本だ。

目視した感じ久住さんはせいぜいD班じゃないだろうか。
人を見た目で判断するのもよくないけどさ。
私もよく下に見られるし。


「真穂ちゃんはA班だよね?」

「えっ、知ってるの?」

「A班といえば皆の憧れエリート班だからね。名前は知らなくても見たことくらいはあるよ」


何を隠そう真穂はトップの班だった。
ちびだとバカにされることはよくあるが実力はあるのだ。


わん、とリヤンが鳴いてそれに久住が反応した。


「リヤン、腹減ったの?」

わん!と元気よく肯定らしき反応を見せる。


「真穂ちゃん、ごめんね、俺行くね、さっきは本当にごめん」

「いえいえ、よかったら今度歌、聞かせて下さいね!」


久住は笑ってリヤンと共に来た道を戻っていった。


「……あれ、結局久住さん、どこの班の人なんだろう?」

真穂は首を傾け、まぁいいかだなんて自分の部屋へと向かった。



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歌唄い
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