俺は親に売られたのだと。
俺の服を無理やり引っ張る男に伝えられた。
金がないから、子供を売るのは少なくないらしい。
今の時代。あちこちで紛争のようなものが起きている時代だからどこもかしこも金がない。
子供は今、ただの金作りの道具。
愛情が欠けた瞬間、道具となる。
耳に穴を開けられてはよくわからないプレートを付けられる。
631。
鏡で見るとそう書かれていた。
これが1から始まったのであれば、どれだけの子供が両親に売られたのかと気持ち悪くなる。
牢屋のような小さな部屋に投げ入れられて、俺は背中を打った。
「うっ……!」
まだ自分は子供で。
軽々と投げ捨てられて、大きく床に叩きつけられた。
痛みで涙が出てきそうだった。
「新入りくん?」
この場に似合わない明るい少女の声に、目を上げた。
にこりと笑った少女は、狭いこの部屋で太陽みたいで。
狭い部屋に押し込められた大勢の子供たちの中で、彼女だけが俺に話しかけてくれたのだった。
「私は珠希!君は?」
「……せ、刹那」
「刹那くん!よろしくね」
珠希のおかげで、何とかこの場所に順応する。
銃撃やナイフの訓練の的は「役立たずの処分する奴隷」で。
見知った顔を殺すこともあった。
明日は我が身かもしれなかった。
夜はそこで働いている性別問わず商人や兵士の「性欲処理」のための道具になって。
最初は気持ち悪かったけど、慣れてくればどうということはない、というか、どうでもよくなった。
そこで飯をもらわなければならなかったから、それをしなければ夜飯にありつけないし。
下手に鳴けば、機嫌を損ねれば、殺されることはあったようだけれど。
珠希はこっそり持ち帰ってきたパンを空腹に耐えている子に与えていた。俺にくれたこともある。
ただでさえ、自分の分も少ないのに。
こういう人間は、真っ先に損するタイプじゃないか?
こんな場所で笑っている少女は、
優しくて、綺麗で、だけどどこか……狂っていた。
彼女が“的”になるのは、そう遅くなかった。
バレたのだ。
飯をこっそり持ち帰っていたこと。
他の子供に与えていたこと。
弱い奴が生きていけない、この世界でそんなことをしていたのは、商人は気にくわなかったらしい。
その子は、珠希は。
動けないように縛られていて。
ライフルを持った俺から少し離れた場所に立っていた。
「撃て」
男の冷めた声が耳に届く。
何で俺なの。
よりによって、珠希なの。
初めに、優しくしてくれた少女が的なの。
男の持っていた銃は俺に向けられていた。
殺さなければ、殺される。
「刹那、やだ、やだよ」
微かに、珠希の声が聞こえる。
懇願する声。
手が震えて、ライフルが落ちそうになった。
「ねぇ、私色々してあげたのに、ねぇ、刹那、刹那」
優しくしてくれた。
色々お話してくれた。
パンをくれたこともあった。
でも、でもね。
珠希を殺さないと俺が死ぬの。
殺さなきゃ、いけないの。
「……ごめん、ごめん、珠希」
ぐ、と指に力が入った。
長い期間で身につけた技術は、銃弾をそらすことはない。
恩人を殺してしまった。
知らない。もうどうでもいいわ。
何が?何もかもが。
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