「何それ」
「お前何やってんの」
俺の言葉を無視して刹那は首を傾けた。
俺?俺は見ての通り掃除をしてる。
あのクソデブハゲチビ参謀様を殴ったらこうなった。畜生。
一週間の掃除当番、学生かよ。
って、俺のことはどうでも良くて。
俺が聞きたいのはそれだよ、それ。
「何その怪我」
あら不思議。仕事中にはなかった怪我が増えてるじゃありませんか。
明らかに殴打の痕。
殴られたの、誰に。
誰に、なんて聞かなくてもわかるわ。
他の兵士やあれ以外の参謀様とかだったらここまで殴られる前にやり返すだろこいつ。
党首はこんなことするわけないし。
つまり、飼い主様だろ。
抵抗もせずに、そこまで殴られるとかすげぇな。
忠誠心ハンパねぇよ。もはや気味が悪くも思うわ。
見ているこっちが痛くなりそうなほどあちこちが腫れ上がっていた。
「別に何も」
いやいや、何もはねぇだろそれでよ。
俺の視線に気付いたらしいそいつは俺を睨み付けた。
「余計なことをするなよ」
余計なことって何だよ。
あれを殴っちゃったことか、無意識だ悪いな!!
……あ、もしかして。
俺の行動のせいで不機嫌になったの、木下。
それで殴られたの?
「俺のせいなの、それ」
「そうじゃない」
「そうじゃなくないだろ」
「お前には関係ない」
めちゃくちゃだよ。
なんでそうやって突き放すんだよ。
バディだろ、相棒だろ?
「……別にさ、買われたからって、そこまでする必要ないだろ」
黙って殴られて。
毎日抱かれて。
人を殺して。
どう考えても人間じゃねぇよ。
本当に道具みてぇだよ。
そんなに苦しめられる毎日なら、いっそ。
「そんな苦しめられるなら、いっそのこと殺してしまえば、いい」
あのクソ参謀を。
「お前、党首殺せんの?それと一緒じゃないの」
「……殺せるよ。俺に害になるなら」
殺したくは、ないけれど。
「あの人は害なんかじゃないから、殺さなくても結構だ」
害だろ、最悪なほどには。
こいつ、本当に壊れてる。
狂ってる。
「買われなければ死んでたかもしれない。寧ろ命の恩人だろ」
そう考えればそうかもしれないけど。
でも、恩人だからってそんなやつれるほど酷い扱いしていいわけ?
俺に背中を向けて歩いていく刹那に、何も言えない。
手に持っていた雑巾を力強く握りしめて下を向いた。
突然、がん、と隣にあったバケツが倒れる。
中に入っていた水が零れて床を濡らす。
あーあー、折角拭いたところを。
バケツを蹴り飛ばしたらしい木下がそこにいて。
にやにやと、笑っていた。
……いじめっ子か。
目つけられたよこれー。
くだらないことに満足したらしい木下は俺の横を通り過ぎようとした。
……ので、足を引っ掛けて倒す。
顔からぶつけた、ざまぁみろ。
水浸しだ、蹴倒したのはお前だ自業自得。
「……なっ、にを!」
苛立った顔をした木下の胸倉を掴む。
睨みつけると、少しだけ、怖がったような表情を見せた。
あっれ、そんな怖い顔してる俺?
笑顔を作ると余計恐怖に満ちた顔になるそいつ。
「気にいらねぇなぁ、あんたはさぁ」
あんたが買ったのかもしれないけどさ。
そんなん知らねぇよ。
俺は相棒に、刹那に、人間らしく生きてほしい。
感情を持ってほしい。
嫌なことには嫌悪してほしいし、笑顔をみたい。
苦しいことには苦しんでほしいし、痛いときには痛がってほしい。
「次刹那に傷つくってみろよ。お前を殺してやる」
でもこんな苦しみいらねぇよ。必要ない。
木下を突き放して歩き出した。
雑巾はそいつの頭にぶん投げておいた。
少しだけあった用事を済ませて、医務室でもらった冷やすためのものを手に刹那の部屋に向かう。
冷やせば少しは良くなるだろ。
どうせ部屋から出ないだろうし無理やり冷やすものを固定してやる。
めっちゃ貼り付けてやる。
刹那の部屋の前で足を止めて、ノックをしようと手を伸ばした。
中から微かに聞こえた叫ぶような声に手が止まる。
刹那が出しそうにはないヒステリックな声。
よーく聞いてみると木下の声だった。
またいんの。
声のテンションからして性行為の最中ではないか。
最中には入りたくねぇからな。
どうせ開いてあるであろうドアを一気に押すと2つの視線がこっちに向けられた。
犬が来た、と嫌悪丸出しで木下が呟く。
誰が犬だ。
参謀様木下は壁に刹那を押し付けていて、押し付けられている刹那はぐったりとしていて手を離してしまえば床に崩れ落ちてしまいそうだった。
少しはだけている部分から見える痣。
そう、あれか。
見えないところにバレないようにやればいいや戦法。
そんな所までせこいなぁ。
「……春樹、ハウス」
「知らねぇ、犬じゃない」
持っていた冷たいものたちを床にすべて落として歩いて近付いていく。
すぐさまそいつを刹那から引き剥がして蹴り飛ばしてやった。
「俺言ったよな、昼に言ったばかりだよな?」
今日だよ、忠告してやったのに。
倒れているそいつに屈んで顔を近付ける。
携帯していたハンドガンを手にとって、そいつの額に銃口を押し付けた。
悲鳴のような声を上げたそいつが面白く見えた。
「なのに何で?見えなきゃバレないと思った?酷ぇなぁ、お前、最悪だよ」
そいつの顔を見て、思わず嘲笑した。
あぁ、可哀想。
すげぇ怖がってる、可哀想。
「はる、き……おい!春樹!ウェイト……ッ!」
後ろから聞こえてくる声は聞こえないふり。
犬じゃないって言ってんのになぁ。
犬だったとしてもここで待てなんてしないけど。
犬だって飼い主に酷いことしてるやつがいたら噛みつくだろ?
だって忠誠だもん。
「注意したのに忠告したのに無視したあんたが悪いよなうんそうだよな」
ゼロ距離。
ノーコンの俺でもさすがに外さない。
人間を殺すのはしんどいよ。
でもこいつ、人間じゃないもん。
刹那が人間じゃないんじゃない、こいつがクズなんだ。ゴミだゴミ。
「ばぁい」
引き金を引くと銃声が大きく響いた。
血がハンドガンを汚して、紅く色づける。
そいつはもう、動かない。
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