---



「目には目を」の思想は世界を盲目にする。
― ガンジー



---




朝、いつもより早くに目が覚めた。



微かに、銃声が聞こえる。



窓から外を覗くと、射撃場で訓練している人がいる。




的は様々な人に練習として使われたのか、穴だらけだ。




「今日のお仕事は……」



休みだ。

特にやることもない。



朝ご飯を食べに行こうかな。




刹那さんと春樹さんはどうだろう。


お仕事、あるんだろうな。



食堂は人手が足りないと言っても回せているから休みも確保できる。

けど、兵士となると人手はあればあるほどいいものだから。



急なお仕事、任務によっては休み返上して、とかあるみたいだし。



刹那さんと春樹さんは仕事ができる人間のようで、よく休日にお仕事を急に入れられて嘆いている。

……主に嘆いているのは春樹さんだけど。





私がここに来てからどれくらいの時間が経ったのだろう。



──この抗争も終わりに近付いている。


美貴ちゃんが言っていた。




どちらが勝つかはわからない。

終戦後どうなるかなんてわからない。




そのせいか、最近。

緊張。
苛立ち。
焦り。

様々な人の、様々な感情が浮き上がっている。





正直、勝ち負けなんてどうでも良かった。

負けたからと言ってここにいる人全員処刑、とかになるわけではないし。



ただ、刹那さんと春樹さんが怪我をしないでいてくれればいい。


私はそれだけで、いいから。






いつものように軽快なノックが響く。



「お嬢ちゃん、朝飯いこっ!」




春樹さんの朝から元気な声に、私も何だか元気になる。


「おはようございます!」

「いいねぇ、元気だねぇ。その調子でこのジジィも起こしてあげてー」



眠たげにしている刹那さんを指差して笑った。




「刹那さん、おはようございます」


「ん、おはよう……」



いつも逆だから珍しいな。



「愛銃の手入れに夢中になってたら朝になってたんだって。馬鹿だよねぇ」


「……手入れ怠って対立した時にジャムって隙作って撃たれて死ね」


「手入れしてるから!!」




じゃむ……?

美味しそうな。
結末は残酷だけど。



ジャムるというのは弾が詰まることらしい。
撃てなくなっちゃうのか。

春樹さんがわざわざ説明してくれた、ありがとうございます。




「今日はお仕事ですか?」


「あぁ、今日は外周警備、午前中だけだな」



そっかぁ、仕事かぁ。



朝ご飯を食べて、2人と別れた。


昼ご飯も一緒に食べる約束をしたから、数時間後が待ち遠しい。




私は部屋で特にやることもなく過ごした。


刹那さんから借りた本で時間を潰してみる。

何が書いてあるのかはよく理解できない。




かちり、かちり。





時計が12の数字を指した。



もう少しかな?






ノックの音が待ちきれずに、私は玄関の方へ向かうことにした。




お昼の時間だから、廊下は人で溢れていた。



少しだけ、明るい様子が目に入る。




とん、とんと階段を1段飛ばしで降りていく。



1階についたときに目に入ったのは玄関から武装した人が入ってくるところ。



あ、ナイスタイミング。

刹那さんと春樹さんもいるだろう。




歩く人の邪魔にならないように避けながら辺りを見渡す。



どこにいるかな。





ちら、と見えた2人が話している様子。


あ、いた。




「せっ……」





名前を呼ぼうとした瞬間、後ろから誰かに引っ張られた。




がし、と首に腕を回されて動けなくなる。




頭に、ごつりと、冷たい重いものを当てられた。





刹那さんと、目が合う。






彼はゆっくりとこちらに歩いてきた。



一定の距離で立ち止まる。




「……どういうつもりだ」


頭の上から、馬鹿にしたような笑い声が聞こえてきた。





私の頭に当てられているのは、おそらく銃で。


声は、以前刹那さんと食堂で喧嘩をしたその人のものだった。





「いやぁ、小野寺の表情が変わるかと思ったんだけど……変わらねぇなぁ」



ぐ、と。銃を押し付ける力が強まった。



イマイチ状況が理解できない。
私撃たれてしまうのだろうか?




周りには野次馬。


日常茶飯事だと呆れたように通り過ぎて行く人も多い。




刹那さんが溜め息を漏らした。



「くだらない。何がしたいのか、馬鹿の行動は理解し難い」



「刹那煽るな!……お嬢ちゃんのこと放してあげなよ、その子は関係ないでしょ」





この人は私を放そうとはしない。




「優秀なお前の可哀想な姿が見たいんだよぉ、小野寺」



言葉を続ける。

早く、離れたい。





「自害でもしてみてくれよぉ」





楽しそうな声色に吐き気すら覚える。


自害って。

馬鹿じゃないか、するわけない。




「じゃないとこれ、殺すよ」



これ、って私のことか。

押さえられている力はより一層強くなる。



刹那さんは俯く。




どこかに持っていた小さな銃を取り出した。


え、嘘。

やるつもりなのか。




私のことなんて、気にしなくていいのに。




刹那さんはその銃を──私たちへと向けた。



流石に驚いたのか、私をつかんでいる人の息を飲む喉音が聞こえた。





「力のない人間を盾にするのは弱者のすることだ……俺は弱者をなぶり殺すのが、大好きなんだよ」






俯いた顔を上げる刹那さん。



その顔は、









笑っていた。









いつもの優しい笑みなんかじゃない。




恐ろしく思える、歪んだ笑顔。


彼は、戦場でも
こんな風に、笑っているのだろうか?





前へ***次へ
[しおりを挟む]



- ナノ -