気がつけば

手も
握っていた銃の持ち手も
銃口付近も
服も
おそらく、顔も


真っ赤だ。
赤黒い。


返り血と自分の血が混ざっているのだろう。





敵のドッグタグをもぎ取って、溜め息を吐いた。



最初よりは全然良かったけど、それでも大したことがなかった。






顔をゆっくりと死体から前に向ける。






「刹那!!」


春樹の叫び声が響く。



通信機越しではなく、直接耳に届いた。




切迫したその声とほぼ同時に伝わったのは、痛み。


頭に、割れるような痛みを感じた。




ここら辺は終わったもんだと油断していた。



銃のボディか何かで、思い切り殴られたようだ。






「く……っそが!」



ナイフを手に取って後ろにいた誰かを切りつける。




運良く首をかっ切れて、そいつはその場に倒れた。



頭から血が流れてきて、視界がひどく悪い。


息を整えて、そいつの首もとに手を伸ばした。



ドッグタグで段々ポケットが重くなってきた感覚に陥る。


材質は軽いものを利用してるらしく、けして重くなってくることはないのに。




スナイパー春樹、仕事しろ。



俺の後ろにそいつがいたから撃てなかったんだろうけど。





「刹那!」


「大丈夫だ。ただお前が大声をあげたからこの辺はもう離れた方がいいかもな」


敵が集まってくる前に。





「離れるっつうか帰るぞ」


帰る?



まだ時間はあるぞ。





春樹は周りを見渡して俺を睨んだ。


「これ全部お前がやったんだろ、充分働いたろ」



「まだいけるなら進むべきだろ」

「いける状態じゃないだろ!全身ぼろぼろだ、死ぬぞ!?」



ぼろぼろと言うほど酷くはないと思うが。


視界を邪魔する血は止まらない。




……うっとおしいなこれ。


それを拭うと手に血がべっとりついた。

タオルが欲しい。





「死んだらタグはお前が回収してくれ、敵に取られるのは癪だ」




俺の言葉に春樹は俺を睨みつけた。


ふざけるなと言わんばかりに。




「死ぬとか簡単に言ってんじゃねぇよ!」

「声荒らげんな」



簡単に言うな?

そのスナイパーライフルで簡単に命を奪ってる人間の言葉じゃないと思う。




相変わらずBGMは時折響く銃声。




血を出しすぎか、頭が痛くなってきた。





それでもまだ
俺はやれる。





「辛くねぇのかよ……俺は辛いよ。やらなきゃいけないのはわかってても人を撃つ度、やんなるよ、しんどい」


泣きそうな顔で俯くそいつ。




じゃあ、やめたらいい。
なんて言っても、こいつはやめない。

やめることができない。




才能のある奴は、そうせざるを得ない時代だから。




人の意思なんて、意味のないもの。




「俺らは道具だろ。感情なんて必要ない、そんな感情は早く捨てた方がいい、後々もっと辛くなる」


「俺らは人間だろ!道具なんかじゃない!」


「日没まで時間はまだまだあるだろ。進むべきだろ」

「刹那!」




険しい顔をしたそいつは俺に掴みかかってきた。


泣きそうな、顔を見せる。




そろそろこの場を離れないと、まずいか。





「なぁ、戻ろう……死ぬってお前。充分だろ」


「……春樹、しつこい」

「俺らをさ、置いていくなよ」




……俺“ら”?




視界が眩む。


赤く、染まっていく。





「お前は、道具なんかじゃねぇって……まだわかんねぇのかよ」



頭が働かない。


こいつが何を言いたいのかわからない。





止まらない出血を抑えるように頭に手をやった。


肩の出血もあまりしてはいないが止まらない。




どちらも大量にではなく

しかし、確実に。





……そろそろまずいのかもしれない。

大丈夫だと思ったのだけれど。




春樹に服を引っ張られて家の方へと歩かされる。






「生き急ぐなよ、早く終わらせたいかもしんないけど。死んだら意味ねぇんだよ」



生き急いでいるわけじゃない。

早く終わらせたいわけじゃない。



ただ、淡々と。
仕事をこなしたいだけ。



道具、だから。





その考えは自分の残酷さを認めているようで、嘲笑しかでない。




仕事の間は、感情なんていらない。











無理矢理引っ張られて部屋に連れて行かれる。



「どうせお前医務室行かねえだろ!だから待ってろよ!安静に!」

タオルを押し付けられて座らされる。



春樹はイラついたように叫びながら部屋を離れていった。




自分から鉄臭い嫌な臭いがする。




俺は立ち上がって着替えのシャツを手に取った。


あぁ、駄目だ。乾いた血がべったり全身についてる。




シャワー、軽く流してしまいたい。



着ていた服を全部脱いでシャワールームに入った。


流すだけだし溜めないでさっとでいいか。




湯があちこちの傷に滲みるが気にしてられない。



自分から赤いものが流れ落ちていく。

自分のものか他人のものか判別すらできないそれは排水溝へと絶え間なく流れていった。




シャワーを止めて、近くにあるタオルで水滴を拭く。


タオルには少し血が付いてしまった。




……まだ出血してるのかよ。





静かに、ドアが開く音が耳に届いた。


……誰だ、春樹か?




デニムパンツとシャツを着て、更衣室を出る。





「……あ」

「あぁ、エリカか」




エリカは、困った顔をして入り口に立っていた。



道具であるために


前へ***次へ
[しおりを挟む]



- ナノ -