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敵に神の慈悲があらんことを。私は慈悲など見せない。
―ジョージ・S・パットン将軍
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「文治派のくせに抗争をして、人を殺すのか」
誰に言われたかわからない。
確か、同じ軍の奴だった気がするんだけど、誰だっけ。
たぶん、きっと。
もういなくなった奴なんじゃないだろうか。
正直に言ってしまえば。
文治とか武力だとか、橋場だとか但馬だとか。
俺にとってはどうでもいいことだった。
買われたからそこにいるだけだから。
道具だからそこにいるだけだから。
何事にも、避けられないものはあるから仕方ないと諦めるべきなのに。
辛い、やだ、しんどい。
馬鹿みたいに繰り返す馬鹿は本当馬鹿みたいだ。
そんな馬鹿が俺の隣にいるのは何でだろう。
きっと家族とか、友人とか。そんな大切な人を守るために抗争に参加することを志願したのだろう。
嫌なことの繰り返しの日々のくせに。
周りのために笑顔を浮かべて、時にふざけて、そんでもって夢を語ったりしてさ。
汚れた世界で、なんて綺麗な人間なんだろう。
俺と正反対な存在なんだろう。
俺自身は世界の色に染まっていて。
自分の手が汚く見える。
酷く、冷めてて。
手の冷たい人間は心が温かいだとか、誰かが言っていた。
そんなことない。
そんなはずない。
俺は、酷く冷めている。
手も、心も、温かさなんてもうないんだ。
なのに。
何かを救いたい、なんて。
誰かを守りたい、だなんて。
中途半端に思っちゃったりして。
馬鹿みたいだ。
ただの自己満足だ、エゴだ。
汚い自分自身を、隠したいだけなのかもしれない。
君が笑うことで、俺は満足している。
ほんの少し、感情を抱いてしまう。
俺は「最低」で「残酷」な「道具」なのに。
カーテンの隙間から太陽の光が差し込む。
目を開けると、いつもと変わらない自分の部屋が見える。
俺よりも早くに寝たはずの春樹のいびきが聞こえてきて、うるせぇと目に力を込めた。
時間は8時過ぎ。
食堂は夜までずっと開いてるけれど、朝飯は大体9時まで。
朝飯のメニューがもうすぐ終わってしまう。
「……寝過ぎたか」
いつもと変わらないようで、昨日と少し違う状態であることに気がつく。
抱きしめて寝たはずの、少女がいない。
「……部屋に帰ったのか?」
最近寝れてなかったようだけど、ちゃんと寝ることができたのだろうか?
ベッドの上においてあった枕を床に転がっている馬鹿に投げつけて、カーテンを開けた。
大きめの窓から見える射撃場にはもう誰もいない。
朝の自主訓練をしてる人はいない。
大分寝過ぎたのかもしれない。
「春樹、春樹。飯食いに行くぞ起きろ」
未だにいびきをかいている春樹の横っ腹に小さく何度も蹴りを入れた。
「腹が減っては戦は出来ぬ!」といつも馬鹿みたいに食ってるくせに朝飯抜きで耐えられるはずがない、こいつは。
「ふが」と変な音を上げた春樹はゆっくりと目を開けた。
重たそうに体を起こす。
「……おはよー」
「あぁ、飯」
着替えはどうせ外回り前にするんだからいいだろう。
飯!と一気に覚醒する春樹。
いきなりよたつきながら立ち上がるもんだから、周りに積んであった酒の空き缶がガラガラと崩れた。
あくびをひとつ漏らす。
エリカを迎えに行って、さっさと飯を食おう。
自分の部屋から出て、廊下を行き来する人に混じって歩き出した。
少し食堂とは反対側に歩くと、エリカの部屋。
女の部屋が集中した場所だから、いつも思うがなんとなく居辛い。
そういうのを気にしないであろう春樹がエリカの部屋をノックする。
「お嬢ちゃーん、ご飯だよ飯飯飯朝飯食べるよー!」
返事はない。
春樹がウザイからか?
「エリカ?」
自分も声をかけてみるが、返事はない。
部屋の鍵は、閉まってる。
「まだ寝てるのかな?」
部屋に戻ってまた寝たのか……?
一瞬誰かに、というか、あのエリカがいることに不満を漏らしたような輩に連れ去られたことも考えたが、自分で鍵を閉めているからそれはないだろうと判断した。
……いつもは待っているのに。
1人で、どこかに行ったというのか。
何だか無性に心配になる。
「寝てるなら仕方ないね。俺らも仕事あるし、食券ドアの隙間からいれとくべ」
「……あぁ、そうだな」
寝てるだけで、これが杞憂ならいいけれど。
……なんとなく、いない気がした。
一応食券をドアの隙間から入れておいて、食堂へと向かった。
一応周りに目を向けながらも、そこに到着する。
……いないか。
はあ、とため息をついて食堂の中に入った。
「あれっ」
春樹が前を見て声を上げた。
「あ?」
「おはようございます!」
「は?」
顔をあげると、そこにエリカがいた。
注文口のカウンターを挟んで、その向こう。
食べる側ではなく、作る側に少女がいた。
「……何をしてるんだ」
「お手伝いです」
エリカは笑顔で振る舞う。
「私にもできることが、あるかなって。食堂のみなさんにお願いしたんです」
料理はできないのか、受付ではあったけれど。
何かしらの役割が欲しかったのかもしれない。
昨日、あいつらに言われたことを気にしているのかもしれない。
ただ、居てくれればいいのに。
「言ってなくてごめんなさい。その、お2人ともぐっすり寝ていたので」
しょんぼりとうなだれる。
「いや、大丈夫だ……頑張れよ、仕事」
1回頭を撫でてやればその子はふにゃりと笑う。
後ろの方から、早くしろ、なんて言葉が聞こえてきたので適当に注文して食券を渡した。
すぐに注文したものが渡される。
「お仕事頑張って下さい」とエリカが笑った。
「いやー、偉いねお嬢ちゃん。俺だったら自由を謳歌するけどなー」
席についたあと春樹が口に食べ物を運びながら注文口を見て感心したように話し始める。
「お前みたいなクズニートとエリカを一緒にすんな」
「俺働いてるよ!?」
そういいつつも、目の前のそいつは笑っていた。俺を見て。
「……何だ気持ち悪い笑みを浮かべて俺を見るな」
「べーつにぃ?」
……何なんだこいつは。
さっさと食べて返却口に戻し、部屋に戻る。
まだ受付にいたエリカは、しっかりと笑顔で対応していた。
ちゃんと、笑えるようになっていてよかった。
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