---
戦争の最初の犠牲者は真実である。
― アイスキュロス
---
次に目を開けると、見覚えのない天井が目に映った。
外は暗いのか、カーテンが閉まっている。
街とは違って、落ち着く静けさ。
綺麗な、部屋。
……私は、生きていたのか。
布団がいつもの薄っぺらい粗末なのじゃなくて、暖かいふかふかしたもの。
……ここは、どこ?
苦いけど良い香りが、私の鼻をかすめた。
同時に、甘い香りも侵蝕してくる。
匂いと音のする方へ目を向ける。
眠たげな表情をした男の人が、カップを手に何かを注いでいた。
その人は怪我をしているようで、乱雑に包帯を何カ所かに巻いている。
視線に気がついたのか、男の人とぱちりと目が合った。
「目、覚めたか」
落ち着いた声でゆっくりと言い放つ。
私は身構えた。
誰だこの人は。
どこだここは。
何で、こんなところにいる?
近付いてくるその人は背が高い。
お父さんとお母さんを殺した人かな……!?
睨むようにその人を見ると、その人はふっと笑った。
その笑みは、優しい。
「……警戒するのも仕方がない」
手渡されたのは茶色い液体が入ったカップだ。
甘い香りがする。
口にする気は、起きない。
「ココア嫌いか?」
私を見て首を傾けてそう言う。
嫌いなわけではない。
毒とか入ってるかもしれない。
無表情のその人は、もう片方の手に持っていたカップを飲み干す。
さきほどの香りからしてコーヒーか。
コーヒーもココアも、最近手に入らなかったから久々だ。
「お前名前は」
「……」
「……年齢」
黙り込む。
喋る気になれない。
敵と喋ろうとも思わない。
ここはおそらく抗争をしているどちらかの街で。
この人はそのどちらかの戦力の1人なんだ、そうに違いない。
だから変に怪我しているし!
その人は考え込むように視線をそらした。
「……10歳くらいか」
「15歳っ!」
あまりにも幼く取られたので思わず言葉を返してしまった。
は、と口を塞ぐ。
「嘘だ。声が出ないわけではなくてよかった」
また優しく笑って。
温かい手に撫でられた。
「名前は?」
「……エリカ」
優しく問われ、ぼそりと返す。
そうか、とだけ返ってきた。
この人、悪い人じゃない?
でも、兵士だ。
兵士が全員悪いわけじゃない?
わからない。
私の前からの考えがぐちゃぐちゃになる。
でも、この人の手は優しい。
「刹那ぁー、党首がお前を呼んでんぜ」
ドアの向こうから聞こえた声。
緩い声に少しだけ気が抜けた。
「……ちょっと行ってくるから休んでろ」
私を見てそう言って。
刹那と呼ばれたその人は私に背を向けて歩き出した。
あの人が悪魔じゃないような気がした。
ただ単に、助けてくれた人なのかもしれない。
向けられた背中は、確かにここにくる前に見た優しくて温かい背中だった。
誰もいなくなった部屋で冷めたココアを口にした。
しばらくしてドアが開く。
刹那さんが戻ってきた。
後ろには知らない男の人がいる。
「お嬢ちゃん、気分はどう?」
声が先ほどのドアの向こうから聞こえた声だ。
にこやかに、手を上げて私ににっこりと笑いかけた。
私はそれをただ見ていた。
その人はあれ?と首を傾ける。
「警戒してるんだ」
「はーん、刹那が誘拐犯だから?」
ゆ、誘拐犯!?
「違う」
「こんな年下の子誘拐してくるとか刹那ってロ・リ・コ・ン!なんだねぇ」
「春樹、お前は死にたいようだな」
「あ、やべ。これ次の外回りの時に撃たれるパティーンだ」
話についていけない。
その人は春樹さん、というのか。
春樹さんは私を見てにっこりとまた笑う。
「俺は槇田春樹、刹那の相棒だよ」
よろしくね、だなんて差し伸べられた手は刹那さんによって弾かれた。
「お前は人の話を聞いているのか」
「えーでも一緒に暮らすんだから仲良くしないとぉ」
……一緒に暮らす?
目を少し見開くと、刹那さんが口を開いた。
「あぁ、お前がここに住む許可をもらった。部屋に案内するからついてこい」
来いと、招く動作をする。
ここは刹那さんの部屋だよね。
いつまでもここにいるわけにはいかないか。
私は布団から出てその背中を見ながら歩き出した。
「そういえば。俺の名前は小野寺刹那だ」
「お前まだ言ってなかったのか!」
「忘れてた」
前へ***次へ
[しおりを挟む]