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ラストスパートは心でかけろ(2位/風丸/アレス)


日本代表に選ばれたその日、雷門の後輩・宮坂から祝いのメールが届いた。
宮坂は自分宛てのメッセージの他、他部員の近況などもちょくちょく報告してくるのだが
今日のトピックスは名字だった。
どうやら有名高校からスカウトが来て推薦が決まりそうという事らしい。



「(名字…、そうかアイツなら不思議じゃない)」



名字は陸上部だった時に親しくしていた女子生徒だった。
同学年という事もあり、よく相談しあったりしたのが懐かしい。

そんな彼女の吉報に自然と嬉しい気持ちになれたが、文の最後に
『今度、記録会があるから良かったら応援しに来て下さいね!』とあった事には少し迷ってしまった。



「(…俺が行って良いんだろうか)」



陸上部ではないし、今に至っては席も帝国学園に置く身である自分が行って
どういう言葉をかけられるだろうか。

それ以前に…ーーー。







ビィッ!!と電子音の合図が鳴るとトラックに揃った選手が一斉に走り出す。

風丸はその様子をスタンド席から見ていた。
スタートこそもつれ合ったが、ぐんぐんとスピードに乗ってきた選手がそのまま駆け抜けて来る。
教本のようなアプローチでトップに躍り出て、真っ直ぐにゴールラインを超えた。



「…綺麗なフォームですよね、名字さん」
「宮坂」
「お久しぶりです風丸さん。代表入りおめでとうございます、メールでも言ったけど」
「あぁ、ありがとう」



声の方向を向くと見慣れた金髪が歩いてきた。
先に競技を終えたようだが解散したのだろうか。
他の奴の応援は良いのかと聞くと今日は勝ち上がって来た選手のみで、自分以外はライバル校だという事だった。



「名字さんも似たような感じだから、終わったらすぐ帰ると思いますよ。
 会場の外で待ってたらお茶ぐらい出来るんじゃないですか?」
「お茶って、お前な…。名字がどういう時期に俺が陸上部離れたか知ってるだろ」
「知ってますよ?その事で顔合わせ辛いって思ってるのも」
「…」



風丸がサッカー部に行くと決めた時、名字は丁度スランプだった。
知る由もない風丸にそんなつもりは毛頭なかったが、結果的にチームメイトを放って他へ行った事になる。
そんな相手が今になって顔を見せるのは、果たして良い気分だろうか。



「でも気になってしょうがないなら会うしかないじゃないですか。
 っていうか会う気ないなら今日何しに来たんですか?」
「それは…、…そうだが…」
「でしょう?だから二人が直接話した方が早いんです」
「随分と簡単に言ってくれるな」
「実際、簡単な事じゃないですか。
 本当はこんな事 他人が口出しするの反則ですけど…見ててじれったいんで。
 じゃ、何か良い事あったら今度ご馳走して下さいね!」



大変良い性格をしている後輩は言いたい事だけ言うと、
走り足りないから自主練をしに行くという事でさっさと荷物をまとめて帰ってしまった。



「(…俺は、名字と何を話したいんだろうか)」



『何しに来たんですか?』と問う宮坂の言葉も尤もだった。
彼女の競技を応援しに来たのか。それとも過去、力になれなかった事を謝りたいのだろうか。
或いは、明るい展望を祝いに来たのか。
何にせよ、名字を前にしなければ答えは出そうにない。


視線の先をトラックへ戻すと、既に次の走者達が準備に入っていた。
軽やかに1位を攫った影はクールダウンをしており、その表情は遠目に見ても凛々しかった。







「…えっ、風丸君?」
「久し振りだな名字、元気か?」
「あっ、うん…元気!風丸君も調子はどう?」



今日はどうしてここに?と駆け寄って来る名字は以前と変わらず親しみ易い雰囲気だった。
競技用具を入れた鞄ときちんと折りマチの跡がついている紙袋を下げていて、
宮坂の行ったように真っ直ぐ帰るといった様子だ。

気まずい気持ちはあるものの、まずあからさまに拒否の態度を取られなくてほっとした。
通用口で立ち話も申し訳なく思って歩きながら話を続ける。



「宮坂から記録会があるって聞いてな。凄く、綺麗なフォームだった。
 スパートのかけ方も一緒に走ってた時より上手くなってた」
「本当?ありがとう!なかなか褒めてくれる人いないから嬉しいな〜」
「後は…。その、お前の進路が決まりそうな事も聞いて」
「っうわぁ…それは内緒の話なんだけどな…!宮坂はどこで知ったんだろう」



言いふらしてませんようにといったニュアンスを含ませて名字は言った。
宮坂がスカウトを見た件については伏せておこうと余計な口は噤んだ。



「そっか、本当なんだな。…おめでとう、良かったじゃないか!」
「えっ…!あっ、ありがとう…!!」



誰より早い祝辞に名字は戸惑ったように応える。
言われ慣れていない、と言うのではなく、また別の所に理由がありそうで風丸は少し寂しくなった。
というのも心当たりが大いにあったからだが。

もう、部外者に等しい自分に祝われるのは嫌だったろうか。



「…祝えるなら直接が良いと思って来たんだ。その様子だと困らせたな、すまない」
「いやっ!全然困ってないよ!
 っただ、風丸君におめでとうって言ってもらえると思わなかったから驚いたって言うか…!」
「…?」
「だって私、風丸君が代表入りしたのに、そのお祝いも…言ってなかったから…」



しゅんと子犬が尻尾を下げた様にトーンダウンする名字。
そう言えば沢山のメールの中に彼女の名前はなかった。
ただ、自分達が疎遠になった経緯を考えれば不自然な事ではない。

…未だ頻繁に連絡を寄越してくる、宮坂が特殊なだけで。

スランプに陥った時、チームメイトとして相談に乗るどころか部を去った相手を
どうして祝う事が出来るのか。



「…、あのさ、名字」
「あっあのね風丸君!これ、代表入りのお祝い…!
 どこにでもあるタオルだけど…っ」
「え…!?」
「改めて、日本代表選抜おめでとう!」



気を遣われて仕方なく言われる「おめでとう」程、無価値なものなどない。
自分に言われたからと言って無理に祝辞を返す必要はないと言おうとした時、
名字が手に提げていた紙袋を満面の笑みと共に風丸に差し出した。


思わず受け取ったものの、どういう事か分からず混乱する。
いつ会えるか分からないから持ち歩いていたというその紙袋の中は
丁寧にプレゼント包装されていた。



「…ゴメンね、遅くなって。
 本当はサッカー部の事で風丸君が迷ってる時も背中を押してあげたかったし、
 全国制覇した時もお祝いしたかったんだけど…」



当時、名字はスランプで思うように走れなかった。

そんな自分がサッカー部の入部を後押ししたり優勝祝いをしたら、
風丸自身やサッカー部はともかく、外野にやっかみだの当て擦りだのと言われそうで嫌だったのだと言う。






「だから絶対に結果出せるようになってから『おめでとう』って言いたくて…。
 でも風丸君、帝国に行っちゃって…言えないままになっちゃって…」
「いや…。俺も、名字の力になれなかったのが凄く気掛かりだった。
 陸上やってた時は助けてもらってたのに、俺の選択はお前の事を置き去りにするものだったから」



名字は俺をどう思っているんだろうか。
考えれば考える程に顔を合わせ辛くて、でも忘れられなくて。
宮坂が半ば無理矢理に作った再会の機会がなければ、
この先もきっと何かにつけて悩んでいただろう。

自分の髪と同じ色の包装紙を見つめ、風丸は続けた。



「…俺は、ずっと名字に嫌われているんじゃないかと思ってた」
「私が風丸君を?そんな事ない、今だってずっと大切だって思ってるよ。
 …でも、私も風丸君に感じ悪い奴って思われてるかもって不安だったからお互い様かな」
「…そっか、お互い様か」
「うん。…ふふ、何だか可笑しいね。
 風丸君はそんな人じゃないって知ってるのに私は何を心配してたんだろ」
「ああ…悩んでた時間が馬鹿らしくなってきたな」



お互いにタイミング逃した事で気持ちが萎んでしまっていたのだろうか。
実際に顔を合わせて突き詰めてみると何て事はない、ただのネガティブな思い込みだった。

今回ばかりは宮坂に感謝をしなければならない。
名字の口からも推薦の件についてはお咎めなしにしようかなという言葉が出て、
同じような事を考えていたのが面白くて2人で笑った。



「…ねぇ風丸君。
 私、風丸君が陸上部抜けた時、ちょっと残念だったけど…それ以上に良かったって思ったよ。
 もっとやりたい事に出会えたんだなって」



中学生活は3年しかない。たった3年だ。
大半が義務だと通り過ぎるように終えてしまう生活の中で、強く惹かれるものを見つけられるのはきっと幸運なのだと名字は言う。
自分の事で負い目を感じる必要などないと励ましてくれているのが伝わった。



「風丸君はフィールド、私はトラック。
 場所は違うけど勝ちを目指して走るって所は一緒だから…
 部活が違ったって関係ないよ。私達は仲間」
「…ありがとう。でも悔しいな、名字のセリフ
 何だかドラマのヒーローみたいで俺が格好付かないじゃないか」
「えぇっ?そ、そうかな…?
 風丸君は普通に格好良いと思うけどな…優しいし、頑張り屋だし、日本代表だし…」
「っ止めてくれ、恥ずかしい…」
「あっ、ごめんね何か気に障った?」



そうだけど違うという表現が正しい名字の言動は
風丸にある種の安堵をもたらした。
この人の良い態度の底で押さえつけているものがあるのでは、と
会う事を躊躇していた自分が滑稽にすら思えてきてしまう。

もう、彼女との確執があるかも知れないと心配する必要はない。

しかしその一方で、今まで『陸上部の時のように』と望んできた名字との関係に
何か悔しさに似た苦しさを感じている事に気付いた。

勿論、風丸にとって大切な仲間である事は違いない。でもそれだけじゃない。
名字に抱いてきた感情は信頼であり、負い目であり、親愛であったが、
それでもこれらの根底にあるピースがまだ足りないのだ。

嫌われていなくて良かったと完結出来たら楽だったが、
生憎と自分の心はそう単純には出来ていないらしい。



「(俺は、名字の事を…名字との事を、どうしたいんだろう)」
「…風丸君、世界大会の予選って日本であるんだよね?」
「えっ…、あ、あぁ。アジアで勝ち上がらないと本戦に進めないんだ」
「じゃあ、日程分かったら宮坂や友達と応援に行くね!他の強化委員の皆もいる事だし」
「…!」



応援してくれる、というのは嬉しい。広いフィールドで声援は何よりの力だ。
ただ、『皆』の中の1人でいるのは少し物足りなかった。

例えるのなら僅差で2位になった時の感覚に似ている。
あと一歩、その背に追いつく事も抜き去る事も叶わない距離が
風丸と名字の間に横たわっていると確かに感じてしまったのだ。

これまで『これ以上遠くならないように』と保ってきた名字との間隔が
今は堪らなくもどかしく、耐え難い。



「(そうか…。俺は、お前にとっての『その他大勢』では嫌なのか)」



届けてくれるというのなら自分だけに向けた真っ直ぐな声援が欲しい。
大切だと言ってくれるなら名字の1番になりたい。その座を譲りたくない。
ただ『仲間』という関係に甘んじたくない。


…―――名字が好きだから。


急に腑に落ちてぼぅっとしてしまった風丸の顔の前で
名字は『風丸君、大丈夫?』と手を振って安否を確認する。
大丈夫だと返すと失言だったかと自信なさげな彼女が視界に映る。



「大舞台だから知り合いがいたらかえって緊張しちゃう…?」
「おいおい…どれだけフィールドがデカいか知ってるだろ?
 そんな心配しなくても、どこに誰がいるかなんて分からないさ」
「じゃあ、応援自体は行ってもOK?」
「あぁ、勿論。その方が俺達もやりがいがある」



薄暗い通用口が終わりに差し掛かかろうとしている。
歩行の残響が1人分になり、次いでもう1人分のそれもなくなると音のない空間が出来た。
行かないのかと不思議そうに立ち止まって振り返る名字を風丸は見据えた。

−−−応援するのは俺だけにしてくれると嬉しい。

名字にそう言うならきっと、今じゃなきゃいけない。男としての直感が告げていた。
先延ばしにするのは簡単だがそうするとまた彼女が遠のいてしまう。
これは正真正銘、勝負をかけるラストスパート。



「…なぁ、名字」
「うん?」



大丈夫、同じ直線状にのっているなら距離を詰めるのもアプローチも得意な筈だ。
軽く息を吸って風丸は次の言葉を紡いだ…−−−。













*****
(2019/3/1)



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