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繋がらない赤い糸・後(円堂/GO/↓の続き)

※悲恋です。苦手な方はご注意下さい。









ーーー『例えば』の話をしよう。



「えっ…ん、どうさん…??」
「名字?」
「どうしたんですか!?泥まみれ…!」



例えば、犯罪に巻き込まれそうになった所を助けてくれた恩人が、
顔から服から泥だらけで目の前に現れたら…人は一体どうするべきなのだろうか。



「いやぁ…ついさっき、そこの通りでデカイ車にかけられちゃってさ…」
「そ、それは何というか…運がなかったというか…」
「まぁ、昨日凄い雨だったから仕方ないけど。あんなスピードで来なくてもな〜…」



このコンクリート舗装が一般化されている現代でまだそんな土の部分なんてあったのか。
いや、稲妻町はまだ割とそういう部分も多かったか。
それはともかくとして、兎にも角にも気の毒な話である。



「…、あの。円堂さん」
「? どした?」
「…私の家 すぐそこなので、泥落しにシャワーっていうか…
 お風呂、入って行って下さい…!」
「えっ…、」



そして、もしそんな話への名前の答えは『風呂の一つでも提供する』だった。
正解かどうかは分からない、何故ならこんな特殊ケースに出会う事なんて早々ないからだ。
当然の如く、誰も正しい答えなど教えてくれないしヒントもない。
しかし今、ここで答えは出さなければならない。
どんなモノだろうと、自分なりに弾き出した言葉を提示するしかないのだ。
それが双方にとって道徳的と言えなかったとしても。



「うーん、気持ちは嬉しいけど…上り込むのはなぁ」
「っそれは…、分かってるんですけど…」



知り合ったきっかけがきっかけなだけに、
親切であろうとコレを言うのは愚の骨頂だという事は名前も分かっていた。
『あの夜も本当は自分から身を売ったのでは』と
疑念を抱かせざるを得ない発言だからだ。



「…でも、そんな格好で帰ったら奥さんブチ切れるか呆れるんじゃ…」
「うっ…、それは…!そう…、そうだよな…」
「そうですよ、だから…行きましょう!」



そんな風に思われるのは辛い。それでも名前は言うべきだと直感していた。
自分の中の思いつく限りの厚意の返し方、
それをしたいと思うくらいには円堂の事を好いている。

名前は提案にグラつく円堂の汚れた服の袖を引いた。



「あっ、オイ!手 汚れちゃうぞ!」
「大丈夫です。洗えばいいので」
「えぇ、お前結構 強引だなぁ…!」
「…、本当に嫌だって思ってるなら無理にとは言わないですけど…。
 …余計なお世話でした?」
「いや、そりゃ助かるけどさ…こんなドロドロだし、
 お前が変な目で見られないかなって思って。近所の人とかに」



申し訳なさそうにそう言った円堂。正直な話そんな心配はしていない。

元々希薄な近所付き合いの中、恐らく誰も自分の事など見ない。見られても気にしない事にした。
幾らか関わりのある人間でもこんな調子なので、
知りもしない顔しかなかったあの日誰にも助けられなかった事は道理である。
円堂の様に多少の例外はあるものの、大体どこも同じで自分以外には無関心なのだ。




「…そういう事なら平気です」



自分に言い聞かせるように名前は袖を引く力をきゅっと強めた。







シャワーの音が隣に聞こえる。
無論、半ば無理矢理押し込んだ円堂なのだが。

父親の服を貸すといったが申し訳ないと断られた為、
今は汚れた服を洗って乾燥させるべく脱衣所にいる。
設置している場所の問題であって下心はないと自分でも思っているし、
円堂が困るだろうから積極的に関わる事はしない。



「(…、というか、『出来ない』のかな)」



ある程度泥を落とした服を洗濯機に入れ、洗剤と柔軟剤に手を伸ばそうとして一旦止まる。
はた、と目に入ったのは白い布切れ。



「(…あれ、タオル…)」



『洗うのに使って下さい』と新しく下ろした贈答品のタオルが、
同様に渡したバスタオルの横に丁寧に置かれている。
遠慮なのか何なのか、どうやら本当に泥を落とすだけにするらしい。
真っ白く、一つポツンと佇んでいる様が少し寂しい。



「(…確かに、帰って来て早々にボディソープの匂いがするのもおかしいか。
 今のヤツ、ちょっとキツイし)」



家には名前と円堂だけで、風呂から上がれば同じ香りなんて夫婦みたいでドキドキする。
そんな風に僅かながら浮かれていた気持ちがなりを潜める。

それに店頭に安く叩き売られていたボディソープは思いの外
花の存在を強く感じるものだった。

最初は助けられた日に感じた嫌な汗の匂いを掻き消してくれたので有用だと思い、好んで使っていた。
しかし今になって思えば忌々しい感情を呼び起こして傷口に塗る消毒液の様に鼻についてくる…気分次第の、勝手な話ではあるが。


円堂がただいま、と帰る場所にこの家の香りは不要なのだ。



「…。(じゃあ、柔軟剤も入れない方が良い、のかな…)」



ボディソープと同じ香りで『動くと香りが広がる、蘇る!』を謳っている
柔軟剤のボトルは棚に残し、洗剤と衣類用漂白剤を入れてスイッチを入れる。
幸い、円堂の来ていた服は柔らかい生地だから一言断りを入れたら大丈夫なはずだ。



「はぁ…」



静かに溜息が漏れる。
思っていたよりも、円堂に気持ちを向けるのは苦しい。

ジャージを彼に返してからやたらと神童が構ってくるが、
その中で得た妻帯者という情報が一番重かった。でも仕方がない。
それでも好きになってしまったのだ。

学校で見かける度にまたその思いが積もっていってしまうのだ。
向こうが気付いてくれて笑顔を向けてくれると余計にぎゅっと胸が締まる。
息すら詰まるような錯覚なんて過去の名前には想像もできなかった。

誰か止めて欲しい。止められるものなら、ではあるが。

最初こそ感謝の気持ちと混合しているんだと思っていたけれど
ここまで来るとさすがにそれは違うのだと分かる。
恩があるからではない、円堂だから恋心を抱いたのだ。

優しい言葉が、快活な笑みが、自分だけに向けられたなら。

…ーーーそんな想いが芽吹いてしまった。



「(…、馬鹿だなぁ私は…)」



どんなに尽くそうと円堂が名前に振り向くのは有り得ないだろう、きっと彼は彼が選んだ相手を裏切ったりしない。
好きになるなら想いが届く相手を好きになれば良かったのに、どうしてまた。
でも好きになったものは仕方ない、そんな抗えない帰結に至り、またループを繰り返す。
あの日から時間が経つにつれその周回数が増えてきていて自分でも嫌になってくる。

いっそ嫌われる様に動いて突き放された方が楽なのかも知れない。
そういう意味ではこの機会は来るべくして来た様にも思える。



「(もう…あの笑った顔は私には向けてくれない、かな)」



小さな親切大きなお世話、度が過ぎればそれはありがた迷惑なのだ。
名前だって分かってやっている。

ほんの僅か、砂の一粒でも良い。
彼の心に自分が存在出来たなら…、そんな事を考えていると水が浴室を跳ね返る音が止まる。



「―――…円堂さん、後6分で乾燥まで終わるので」



『それまでもう少しだけシャワー浴びてて下さいね。身体冷めちゃうから』と、
努めて何も考えていないような明るいトーンで話しかけた。







「洗濯って実はめちゃくちゃ早く終わるんだな…!」
「あはは、速いモードな上に円堂さんの服は軽かったから」
「そっかぁ、俺 家事とか手伝えてないからな…全然知らなかった」
「今度手伝ってあげたら、奥さん喜ぶんじゃないですか?」
「触らないでって言われそうだな…」
「じゃあその時は任せたら良いんですよ」



自分で自分の傷を抉るような会話だ。
でもこの方がマシなのだろう、真剣に気に病んでいる円堂を見る為にシャワーを勧めた訳ではないのだから。

乾燥機が終わって手早く服を畳んだ後、名前はさっさと浴室から退散した。
一杯のお茶だけ用意してはおいたが、案の定 円堂は飲まずに帰路へ着こうとしたので
今はそれを送っている最中だ。



「…あっ、ここに出るんだな!」
「そうですよ。ちょっと遠回りなコースだけどこっち、人通りが少ないんで…」
「え?」
「…あんまり私と一緒は嫌かなって。
ほら、サッカー部でもないし、接点ないし…不自然じゃないですか。
たまたま私と居たのを見た誰かが、円堂さんに変な噂立てても嫌だし」



嘘だ。

確かに人目にはつきにくい道ではあるが、
本当は少しでも長く一緒に居たいという我儘から選んだ。
悪戯っぽく、上手く笑えているだろうか。
ぱちくりと丸みの強い瞳が瞬くのが形だけ弧に狭まった視界に映る。



「…名前」
「何ですか?円堂さん」
「じゃあ、名前もサッカー部入るか!」
「えっ!?…っ、わぁ!」



わしゃわしゃと、大型犬を可愛がる様に頭を撫でる。
急なスキンシップと部活勧誘にクエスチョンマークが大量生産されている。
何がどうなっているのだろう、円堂は何を言っているのだろう。
…嫌ではないのだろうか、自分と居る所を見られて。



「名字、俺はお前と一緒にいるの嫌じゃないぞ?
 お前が親切にしてくれようとしたの、ちゃんと分かってるから」
「―――…傍目に見ただけじゃ何をしてるかなんて分からない。
 勝手な妄想を広げる人も、聞いた話に尾鰭をつけたがる人もいるので」
「確かに、家の人がいない時は誰かを招待しない方が良いな。
 まぁ、今日は俺が名字の事 頼っちゃったから、偉そうな事言えないけど」
「…」




−−−『どうせいつも遊んでんだろ、こんな時間にフラフラしてさぁ!』

何故だろう、ふいにと自分に投げかけられた言葉がフラッシュバックする。
ふつ、と心が煮えるような感覚に丸めないままの言葉を円堂に吐き捨ててしまった。
今、自分はどんな顔をして彼に向き合っているのだろうか。

カワイクない子供だとムッとしても良い所を
『よし、名字。これっきり、次はやらないようにしよう!俺も気を付ける』なんて
返してくるから怒気も毒気も抜かれてしまう。



「私は、…円堂さんが良いなら良いんですけど」
「おう、俺は大丈夫。それより今言った事、ちゃんと約束だぞ?」
「…分かってます。やろうと思っても今回みたいなパターン、殆どないだろうし」
「それもそうか、ははっ!…じゃあ、名字。今日はありがとうな!また学校で!」



また、見かけたら声を掛けてくれるという事だろうか。
ぎゅっと喉元が熱くなる。物好きなのか世話焼きなのか。
何にせよだんまりは嫌だったので小さく頷いて元来た道を戻ろうとする。
今 声帯を震わせれば確実に泣いてしまう。



「あっそうだ、帰りはこっちの大通り通って帰れよ?人通り無いんだろ そっち!」
「っあ、はい…」
「気をつけてな!」



―――ぽん。
一人じゃ危ないから、と促されるように肩を叩かれそのまま表通りにふらっと進む。

ぼんやりとする中で、ふわりと自分の服から柔軟剤の香りが浮かんでいる事に気付く。
家から歩いてきた時は何とも思わなかったのに、
叩かれた事で香りの成分が鼻まで漂って来たのだろうか。



「(…円堂さん…)」



今さっき別れたばかりなのに、もう恋しい。
明日の学校までの時間が果て無く長く感じる。会いたい。

許されるなら追いかけて、ぎゅっと抱きしめたい。
それこそこの香りが円堂に移るくらい強く長く、自分独りのものにしたい。
彼の一番を奪って、愛を向けられたい。

…しかし、名前には実行する程の勇気も気概もない。
そんな事をして困らせたら今度こそ嫌われるかも知れない。その恐怖の方が大きいのだ。
こんなに想っているのに、それでもこの気持ちが実を結ぶ事はない…何て不毛な努力なのだろう。

もう他人にどう見られようと知った事ではないと思ったが、
今ばかりは誰もこちらを見てくれるなと願った。

惨め過ぎて吐き気がしそうだ。




「…―――名前!」
「…、神童君?」
「今、円堂さんとそこの角から出て来た、よな…?」
「…」



見られたくないと思った時に限って見られているなんてどれだけ運がないのか。
『そうだよ、たまたまそこで会ったの』と顔を伏せて歩き出そうとすると、
肩を掴まれる。



「…何だろう、神童君。私に何か用事?」
「…円堂さんは家庭があるって言っただろ。何で、自分で傷付きに行こうとするんだ…!」
「…っ…」



グサリと止めを刺された気分だ。
いくら尽くしても報われない事は分かっていながらも、打ち止める事が出来ない恋を追い続ける。
それは神童から見れば不可解極まりない行動なのだろう。



「(あぁ、これは…第三者から見れば自傷行為に等しいのか…)」



名前がいくら好きな気持ちを伝えても、円堂さんは応えられない。そう諭す神童は正しい。
その他にも学生と指導者なんて、既婚者とは不倫になるから、と色んな正論を調べのように奏でている。

…悪意ではない。彼なりの心配、心遣いなのだ。
理由があれば名前は止まれるのだと、それを沢山並べてくれている。
けれど、それは間違えだった。

名前を動かすのは膨大な数の理論ではなくたった一つの感情なのだから。



「―――…それでも」
「!」
「…それでも、好きなの。円堂さんが、好き」
「…っ名前…!」
「報われなくても、私は…私だけは、この気持ちを大切にしていきたいの…!」



救い上げてくれる手がいないのに名前さえも本当の心を蔑ろにしたら、もう壊れるしかない。
だから分かっていても突き進むしかないのだ。
前に進んで進んで、行きつく所まで行くしかない。



「だから、もう…そっとしておいて…、…っ」



言い切った途端、喉の熱が嗚咽となって込み上げてドロリと涙が溢れ出た…―――。











*****
(2019/6/25)
リクエスト夢


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