彼の考えている事は手に取るように分かる。 それは自分と同じ物だから。 分かっているのだけれど自分ならこんな風にあからさまな態度には出さないだろうし、どちらかと言うと考えも無しに口に出してしまうと思う。 どちらが良いのかは別にして…。 彼の行動に喜んで良い事なのだ、所謂“嫉妬”なのだから―。 「留、ねえ」 「…」 「留ったら、いい加減こっち向いておくれよ」 背中を向けたまま声掛けに全く反応しない。 痺れを切らして肩に手を置けばぺしっと払い落とされた。 …ああ、もう面倒くさいな。 彼是一刻もこの調子の彼に思わず溜め息を付いてしまった。 無視するくせに部屋から出て行かない辺りは可愛いが。 きみの好きなやり方でキスして 事の始まりは今朝の実習での出来事だった。 四年生になって実習は想像していたより実践的になっていた。 今回は女装において、「房中術」を使って情報を聞き出す実習―。 しかし実際の所肌を合わせるような事は不要で、どれだけ巧みに女装を生かせるかと言った実習であった。 案の定不細工な女装になってしまった自分にお手の物と作法委員の仙蔵が助け舟を出してくれたが、何故か彼の同室者は手を付けられていない。 自分に負けず劣らず、と言った所だ。 やってあげたらと言うと、どうにも成らない物には自分の名が廃るので初めから手を付けたくないと言って返した。 見違えた変装で部屋に戻った自分を見て、一瞬綻んだ顔はすぐに怪訝な物に変わる。 ―大体何考えているか分かるよ。 そういう君だって存外綺麗じゃ無いか。 「留、綺麗だね。一人でやったの?」 「…綺麗じゃねえよ、お前その色…」 不機嫌そうに顔を背けて、男に紅なんか似合わないとか呟いている。 何だよそれは。 君だって塗ってるし。 何となく険悪な雰囲気の中実習が始まった。 各自課せられた場所に向かう。 自分はとある酒問屋での情報収集であった。 そこは最近怪しい動きのある城の御用達で、何か聞ける筈だと暖簾をくぐった。 番頭が自分を見やりこれは可愛らしいお客だ、と近付く。 近々姉が婚礼の儀を行うので酒をいくらか分けて欲しいと切り出した。 「お前さんいくつだい?御両親は?」 「間もなく十五になります。親は幼い頃に亡くして、今は姉と二人で暮らしております」 「こんな若い身空で可哀想に…さあ、中にお入り」 番頭に促され奥の座敷に促される。 暫く世間話をした後、手頃な酒を説明されて持参した瓢箪を手渡した。 男がそれを使用人に差し出す。 さあ、ここからだ。 「お店は随分と栄えていますね。さぞ番頭さんの腕が良いのでしょうね」 微笑んで男を見やると満更でも無い顔でいやいや、と手を振る。 店の奥から使用人が出て来て酒を入れた瓢箪を男に渡した。 中を確かめた後自分に差し出し、受け取る際その手にそっと触れる。 男は一瞬驚いたが自分を見やるとその手を握り返してきた。 ―本当に男って馬鹿な生き物だ。 「…お前さん綺麗な作りだなぁ」 そう言うと自分の頬に手を置く。 更にその手を上から重ねた。 「私が嫁ぐなら番頭さんのような人に貰って欲しいです。男前だし仕事は出来るし」 「可愛い事言うね」 「こんなに繁盛させているのですから、大きいお仕事もなさっているのでしょう。お偉い方にも信頼されているでしょう?」 「ああ、最近D城の殿様に懇意にして貰って、今朝も大層な量を運んだよ」 それだ、それ。 欲しかった情報を話し出したので思わずにやついてしまう所を堪える。 男の手が汗ばんでいて気持ちが悪いがもう暫くの我慢だ。 「D城?あの大きなお城ですか?お殿様とお知り合いとは凄いですね。何か宴でもあるのですか?」 「え、いや、そうではなくて…祝杯の準備と言うか。ここだけの話、やり合っている城の城主を狙っていてね。気が早い殿様だよ」 …暗殺か。 これは早々に学園長先生に知らせなければ。 「まあ怖い。…私、姉を待たせているのを忘れていました。有り難う御座いました。御代を―」 「御代なんて要らないから」 立ち去ろうとすると男に腕を掴まれてしまった。 ああ、気持ち悪い。 「それは持って行ったら良い。それより、姉上が嫁いだらうちへ来ないかい?生活も大変だろうし私が囲ってやろう」 ぐっと引き寄せられて口吸いされてしまった。 更に着物に手を掛けられて、流石にこれはまずいと懐の苦無に手を触れた瞬間に使用人が入ってきた。 「何だ!」 「済みません、D城の方がお見えに―」 「何だと?それは大変だ」 …これは囮だろう。 見張り役の教員の誰かが状況を察して助け舟を出してくれたに違いない。 きっと男が店先に出た頃には誰も居ない筈だ。 減点になるだろうなと考えながら、男が使用人と話している間に店を出た。 学園に戻り全員集合した所で各自の成績を発表され、この失態が留三郎の知る所となったのだ。 そして今に至る。 確かにもう少し思慮深く行動すれば良かったとは思う。 しかしこれは授業の一環だし、事故だと言えばそうだし。 逆に彼がそういう目に合ったらここまで自分は拗ねるだろうかと考えたが、そうでもないような気がする。 ひょっとしたら自分より彼のほうが深く自分を想っているのかも知れない。 そう考えると嬉しいのだが、いい加減どうすれば機嫌を直してもらえるか思案するのに疲れ、少しだけ本心を出してみる。 「留はさあ…何が嫌だったの?」 「…別に、何も嫌じゃねえ」 「僕の女装が思ったより可愛くて、それに絆された厭らしい男が僕に口吸いしたのが嫌なんだろう?」 「…」 「“伊作の口吸いは俺の物なのに”って?」 「…おい」 「それって、何て言うか知ってる?嫉妬―」 「うるせーぞ」 やっと振り向いた彼の顔は耳まで真っ赤で吹き出してしまった。 「あははは!本当に留は僕の事が好きだなぁ。あー愛されてる」 「だからうるせーって!!」 叫びながら押し倒されて床で頭を打ち付けたけれど、先程までの煩わしい気持ちは吹っ飛んでいた。 「…留の口吸いが好きだよ。あったかくって柔らかくって」 お好きなようにどうぞ、と耳元で囁くと茹蛸のような顔で噛み付くようにされる。 本当に子供みたい、って喜んでいる自分もか、と考えて笑えた。 (完結) 葉月様、お待たせ致しました! 勝手に年齢操作してしまいました。 …あれ、留が全然格好良くない…おかしいな?? ってすみませんですm(_)m 楽しんでいただけるか心配ですが…リクエスト有り難う御座いました! お持ち帰りは葉月様のみでお願い致します。 お題は→確かに恋だった様より 9/11 mokuji top |