好きって言ってもいいの?

自分の時間を削ってせっせと日々世話しているのだけれど、こう毎日逃げ出されるとはやはり自然は厳しいと言う事なのだろう。
それだからこそ術として使えると言えばその通りなのだが。
散り散りバラバラに逃げた毒虫達をやっとの思いで捕獲した時には、すっかり気温も下がって少し遅い夕餉に差し掛かる頃だった。
急いで後輩達を帰し他の動物達を世話してから食堂に駆け込むと、角の方で一人食事している同窓の後ろ姿が目に入る。
自然と上がった頬を自覚しつつ、その黒髪に近付いた。

「よう、兵助!」

「はち!遅かったな」

ゆっくり振り返った彼の鼻先が少し赤いのに気付いて、人差し指でそっと触れる。

「鼻赤いぞ?焔硝蔵か?」

「ああ、うん。あそこって底冷えするんだよ。はちは走ってたのか?指があったかい」

「何時間走ってたかな…まあいつもの事だけど。委員長代理も楽じゃないよなあ」

「毎日毎日大変だな」

「兵助もな。寒がりなのに焔硝蔵の中で火薬のチェックだろう?人数増えねえかなあ〜。あー腹減った!」

そう言いながら向かいに腰掛けて溜め息を付いたら、兵助が急にそわそわし始めたので俯くその顔を眺めた。
自分の手元と俺の襟刳り辺りに視線を行ったり来たりさせていて、頬は心なしか色付いている。
その様が兵助らしいと言うか何ともいじらしくて、ついにやけそうになるのを耐えた。

「あの…はち?良かったらさ、…ゆ、ゆ、」

「ゆ?」

「ゆ、湯豆腐、食べないかっ!」

「へ?」

「もうおばちゃんは居ないし、握り飯作るんだったら代わりに俺が湯豆腐作るけど…要らない?今日町で買い込んだんだけど、勘ちゃん達には何故か断られちゃって…」

普段勘右衛門や三郎や雷蔵から兵助が作る豆腐料理への苦情を言われているせいだろう、遠慮がちなその姿が何だかまるで動物のように見えてどうしようもなく可愛く思えてくる。
兵助を例えるなら何だ…一見猫なんだけど違うんだよな…

「要る要る要る!湯豆腐食べたい!」

「本当か!?良かった〜嫌がられたらどうしようかと思って…待っててくれ、直ぐ作るから!」

嬉しそうに笑うと食べ終わった膳を抱えて土間に入った。
鼻歌でも歌い出しそうなその顔を見ていると、腹が減っている事も忘れてこちらまで幸せな気持ちになる。
最近兵助は良く笑う。
いや、「人前で感情を表す事を躊躇しなくなった」が正しいかも知れない。
楽しそうに笑うし、それとは対照的に嫌な顔もするようになった。
まあそんな顔する事は殆ど無いけれど。
委員長代理として委員会の面子を纏める事に苦労している者同士、こうして遅い夕餉で顔を合わせる事は珍しくないのだが、その度に実の所心が躍って疲れなど吹っ飛んでいるのは自分しか知り得ない最大の秘密だ。
正直俺は兵助の事が好きだけれど、それを成就させようなどとは思っていない。
…今の所は。

「出来た!お待たせ」

何時の間にか目の前に差し出された湯気の立つ湯豆腐に思わず声が漏れる。

「おほ〜美味そう!いっただきまーす!」

「どうぞ、召し上がれ」

空いた胃袋に熱い豆腐をどんどん流し込む。
そんな俺をにこにこしながら見詰めて来る兵助の視線から思わず目を逸らした。

「どうだ?美味しいか?」

「何だこれ、…目茶目茶美味い!」

「良かった!冬はやっぱり湯豆腐に限るよ。毎日でも良いくらいだ。俺寒がりだからさ、委員会終わりには冷え切ってて―」

「おお、体がポカポカしてきた!良いな、湯豆腐!」

「だろ!?分かってくれるのはちだけだよ!美味いだろ?」

「美味い美味い!」

「じゃあ毎日食べようよ、俺と!」

「え?」

「え?…嫌か?」

「嫌、じゃないけど…」

毎日兵助と夕餉…それは願ったり叶ったりなんだが、自分のこんな疚しい考えに気付く筈もないだろうな。
唯単に湯豆腐を気に入った事が嬉しくて、明日からも自分に御馳走しようと言う以上の意味はないのだから。
一瞬で顔を曇らせてしまった兵助に慌てて首を振った。

「嫌じゃないぞ!うん、食べさせて貰おうかな!」

「本当か?いやぁ、嬉しいな〜。一人で食べても美味しいんだけど、食べさせるって言うのがまた一段と豆腐の良さを実感出来るって言うかさ。じゃあ明日も俺作るから♪」

「でも食べさせて貰ってばっかじゃ悪いよな。何か頼みたい事とか無いか?って兵助が俺に頼む事なんて無いよな〜」

「…一緒に、」

「ん?」

「一緒に、寝てくれるか?」

「……!!!???」

無表情のままの兵助の口から出てきた言葉に大きく仰け反ってしまった。
…何だって、え、え??
湯豆腐に誘った時にあれ程顔を赤らめておいて、今これ程無表情なのはどういうことなのだろう。
鯉のように口をぱくぱくとしている自分に、もう一度尋ねて来る。

「湯屋から上がったら部屋に来てくれよ?今日勘ちゃん実習で居ないんだ」

「え、あの…兵助、本当に?」

「…何だよ、頼みたい事無いかって聞いたのははちだぞ?」

「い、いや、そうなんだけどな!まさかそんな頼みとは―」

「じゃあ待ってるから」

そう言って食べ終わった自分の膳を下げて颯爽と食堂を出て行った。

「…分かった…兵助はオオカミだ…」

一癖も二癖も有るオオカミを手懐けられるだろうかと、治まらない動悸に戸惑いながら大きく溜め息を付いた。











「おう、兵助!今夕餉終わったのか?」

「三郎、雷蔵!湯屋帰りか?」

「うん、僕達今上がった所だよ。兵助は今から?」

「うん、行って来る。先に俺の部屋行っててくれるか?そっちの方が部屋があったまるし」

「本当、兵助は寒がりだな」

「皆で寝るなんていつ振りだろう?楽しみ〜♪」

「ハチは?誘ったのか?」

「ああ、誘ったよ。そしたら変な顔して口ぱくぱくさせて、走り過ぎておかしくなったかな?じゃあ行って来る!」

「…ハチ、お気の毒」

「三郎、僕達遠慮した方が良いんじゃない?」






(完結)





柚子様、12萬打リクエスト有難う御座いました。
「ありふれた幸せな日常」という事でしたが、幸せな日常=わちゃわちゃする五年生と思い付き、勝手に竹くくで書かせて頂きました。
楽しんで頂けたら良いのですが…
自分が一番楽しませて貰い、とても嬉しいです。
これからも宜しくお願い致します。
有難う御座いました!


お題は→確かに恋だった様より




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mokuji



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