狼まであと何秒?
(※2年後のお話)














「十、…百飛んで十五」

「検算終了しました!」

「御苦労。次は各委員会の収支を始める。各々手元に分担してあるか?」

「はい」

「よし、始め!」

鬼の会計委員長が卒業して更に一年が過ぎた。
委員長が卒業したら地獄のような徹夜の検算も無くなるかと期待していたが、会計委員会とは単純に忙しかったらしい。
変わらずにそれは日常のままだ。
青色の制服に袖を通してひと月ー。
ここ最近、一つ問題が浮上した。
それは今更、方向音痴についてでは無い。
徹夜続きの委員会での事だ。
いや、徹夜がどうこうと言うのでは無い。
勿論徹夜は辛いが、こう何年も日常的に寝不足に晒されていると不思議と体が慣れて来る物なのだ。
今では五徹くらいなら耐えられるようになった。
今日はまだ二徹目で検算は後少しで終わる。
だから問題と言うのはそうじゃなくて。
いやしかし徹夜と言うのもその問題を誘発するのだろうけど。
だけど一番の原因はー。

「…あーっ馬鹿野郎!!!」

「何だ神崎!急に大声出して!」

しまった。
つい声に出してしまった。
机に突っ伏している一・二年生以外の皆が算盤から顔を上げて自分を見ている。
団蔵と左吉は驚き、口の悪い委員長は睨み付けながら舌打ちをした。

「…済みません」

「まだ二日だぞ?情けない、顔でも洗って来い」

「いや、眠いんじゃないんです」

「じゃあ何だ?」

「…」

それが言えたら少しはすっきりするのかも知れないが、確実に殴られるだろう。
他でも無い、今目の前で自分を睨み付ける、この人に。
どうしたものかと考えを巡らせていると、左吉がその空気を破りにくそうに切り出した。

「あの、田村先輩…僕達三年生は実習で抜けるのですが…」

「ああ、そうだったな。行って来い」

「下級生だけで大丈夫ですか?…既にこんなですけど」

団蔵が苦笑しながら死んだように眠る一・二年生を指差す。
二年生とてまだまだ徹夜に慣れないのは当然だが、確かにこれでは使い物にならない。
すると委員長がちらりと自分を見やり、寝ている下級生を起こし始めた。

「おい、お前等起きろ。寝るなら部屋で寝て良いから、もう戻れ。団蔵、左吉、部屋に送ってやってくれるか?」

「え、でも…」

「後は私と左門でやる。それほど時間は掛からないだろうから心配するな。ほら、実習に遅れるぞ」

「…はい!お願いします!」

「神崎先輩、失礼します!」

そう言って二人がそれぞれふらふらと歩く下級生を両脇に抱えて出て行った。
しんと静まり返った部屋に、ふうっと言う溜め息が響く。
…来るぞ。

「…で?左門、さっきのは何だ?」

予想通りの質問に自分も溜め息を付くと舌打ちと共に頭に思い切り拳骨を落とされた。

「痛っ!二徹の八つ当たりだ!」

「五月蝿い!さっさと話せ馬鹿っ!」

「…嫌です」

「何だと?どうせ大した話じゃ無いだろうがっ」

「絶対殴られる!て言うかもう殴られたし!」

「…殴られた方がマシだったと後悔させてやろうか?」

「話します!」

頬杖を付きながら睨み付ける紫色の瞳から一瞬目を逸らして咳払いをする。
正直に言うべきか…
言えば恐らく激怒してユリコやサチコが登場する可能性も否めない。
しかし上手く誤魔化せる自信は無いし…
…どの道殴られるなら言ってやろうじゃないか!
男なら潔く、だ!

「…徹夜が続くと、最近苛ついて来るんですよ」

「何を今更。それは私もだが?」

「いや…疲れや眠気で、と言う事では無くて…集中出来なくなると言うか…」

「…はぁ?分かるように話せよ」

「だから!何と言うか…男の生理現象、って言えば分かりませんか?」

「…」

「何ですかその目っ!」

完全に軽蔑した目で自分を見ている。
…言いたい事はまだ終わってないんだが。

「要はムラムラして集中できないんだな?…んとに、鍛錬が足らん奴だな。厠でも行って抜いて来れば良いだろう」

溜め息混じりにふいと視線を外され、思わずかっと血が昇る。
文机の上の帳簿を払い除けて、その細い指を掴んだ。

「…何だ」

「…全然分かって無い」

「は?」

「あんたのせいだろ?」

「私のせい、だと…?何をー」

「あんた最近綺麗になり過ぎなんだ。目の前にあんたが居て、何時間も一緒なのに、どうやって我慢しろって言うんだよ」

…言ってしまった。
さあ殴られるぞ、いや殺されるかも知れないと目を閉じて身構えたが一向に動く気配は無い。
恐る恐る目を開けたらそこには思いもしなかった姿が見えた。

「…あの…先輩?」

「…何だ」

「何だ、って…顔、真っ赤ですけど」

「!!!う、五月蝿いっ!」

学園一のアイドルとか言っておきながら、本当褒められる事に慣れていない。
耳まで真っ赤に染めて目を泳がせるその顔を見ていたら、自然と手に力が入った。

「…そんな反応されたら、尚更なんですけど」

「尚更って何だ!馬鹿左門っ、手を離せ!」

「駄目ですか?」

「な…っ、駄目に…決まってるだろっ!」

「あー生殺しだ〜!据え膳なのに!」

「誰が据え膳だよっ!つまらん事言ってないで続きするぞ!」

ばっと手を振り解いて落ちた帳簿を拾い上げた。
解決してはいないが言い出せた事と、殴られなかった事で少し気持ちが晴れて自分も机に座り直す。
すると算盤を弾きながら何とか聞き取れる程の小さな声で呟いた。

「…私だって男だし、お前の言う事は分からなくは無い。唯…委員会中にそのような私情を持ち込むのは、後輩の手前辞めておけ」

「…はい、済みません」

「全て終わったらー」

「…」

「考えてやらん事も無い」

一瞬耳を疑ったがまだ赤みが引かない顔を見てそれが聞き違いで無かった事を知る。

「…今日中に終わらせます!」

「男に二言は無いな?」

「あんたこそ」

「ふん、せいぜい頑張れ」








(おまけ)



「なぁ左吉…あの空気辞めて欲しくないか?」

「神崎先輩か?田村先輩の事ちらちら見てるな」

「それはそうだけど、田村先輩もだよ。最近酷いし…間に挟まれてる俺達の身にもなって欲しいよ」

「…いや、僕もう慣れたけどな」

「…まあな」









(完結)








言い訳すると「神崎左門の実力」で12歳のくせにウインクした彼を見て、将来色男にならない筈が無かろうよ、と思って書いたお話なんです。
どうしても左門を色男にしたくて書いたらこんな事に(笑)
二人きりになった途端、名前で呼ぶ三木のイイ女(?)度…
結局三木め早く食われちまえと思ってるんですよ、私ψ(`∇´)ψ
…大変失礼致しました〜!




お題は→確かに恋だった様より


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