北海道を発つ前に僕にはどうしてもしなければいけないことがあった。夜の九時過ぎになって僕はイナズマキャラバンを降りて大雪原へと向かった。しばらく待っていると真っ白な雪景色の中から人影が現れた。


「おまたせ吹雪くん」
「なまえちゃん。ごめんね、寒いのに」


 彼女は幼稚園からずっと一緒に過ごしてきたみょうじなまえちゃん。ピンクのマフラーがよく似合う女の子でしっかり者でいつも優しい。まるでお母さんみたいな子だ。でも恋愛だけは苦手だと言い、ある理由で告白も全て断っている。こんな時間に呼び出しても文句一つ言わず、いいよいいよと朗らかに笑ってくれた。


「最近は雷門のみんなと練習で忙しかったもんね。明日、吹雪くんは旅立っちゃうし。私もちょうどお話したかったの」


 唇をぎゅっと噛み締める。僕は今夜、ここでずっと隠してきた秘密を明かすつもりだった。きっとその笑顔は凍りついて泣き顔に変わってしまう。僕はなまえちゃんが好きだ。一人の女の子としてずっと彼女を想って生きてきた。だからなまえちゃんを傷つけたくない。でも、どうしても話さなければならない。幼かったあの頃の約束を果たすために。




『もう一度会いたい』
『天国と繋がる電話があればいいのに』
『お別れすら言えないままなんて嫌なの』



『じゃあ、僕が会わせてみせるよ』




 なまえちゃんが好きだった人。それは数十年前の雪崩事故で亡くなった僕の弟のアツヤだった。
 僕は深呼吸を繰り返し、思いきってなまえちゃんにすべてを明かした。あの事故から数ヵ月後、僕の中で弟の人格が生まれたことを。本当に帰ってきた訳じゃないけれど、僕の手によって君はアツヤにまた会うことができることを。


「そ、それって…本…当?」


 強い風が吹いてばたばたとなまえちゃんのマフラーが激しくはためく。頷くとなまえちゃんはやっぱり泣き出した。ああ、やっぱり傷つけちゃった。いくら優しい彼女でもきっと僕に怒りを覚えている。冷静に考えれば僕のしていることは彼女の心の傷をぐちゃぐちゃにかき回しているようなもの。許されるはずがない。罵倒を覚悟して僕は目を強く瞑った。
 ごめんね、ごめんね。気付いてあげられなくて。
 飛び出したのは予想外の言葉だった。


「よく話してくれたね」
「…信じてくれ、るの?」
「吹雪くんは嘘なんてつかないでしょう?約束守ってくれてありがとう」


 今度は僕が泣きたくなった。でもそれをぐっと我慢して、僕の中にあるもうひとつの人格を起こしてあげる。普通の人は気付かないけれど幼少期を共に過ごしたなまえちゃんは雰囲気だけですぐに理解できたらしい。

 
「なまえ」
「…!アツヤくん…」


 泣きながら抱きついてくる。抱き締める。背中に手を回す。でも、それは僕の手じゃない。彼女が見ているのも僕じゃない。僕はこうしなければ君の近くにはいられない。ねぇ、なまえちゃん。お願いだから僕を見てよ。どうして僕は君の好きな人になれなかったの。


20140707


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