白に囲まれた色の少ない部屋。彼女はそこにいた。


「おはようなまえ。調子はどう?」


ガラリと音をたててドアを開ける。色んな管がよく分からない機器に繋がれている。お見舞いに持ってきたフルーツを机の上に置き、その辺の椅子に適当に座る。ちらり、彼女の視界に俺が入った。


「…おはよう。今日はね、なんだかいつもより身体の調子良いの」


ふわりとはにかんだ愛らしい笑みはこうなる前と何1つ変わっていない。もう歩くことはできないのに、その身体を繋いでる管を外すことはできないのに、明日亡くなってもおかしくない命なのに。それでも変わりなく笑顔を見せる。だけど、俺はそれを前と同じ気持ちで見ることは出来ない。見ようと何度思っても無理だった。どんなに愛らしくても、どこか痛々しく感じる。


「ねえヒロト」

「なに?」

「風介は、どこにいるの?」


隣りの病室にいるよ。



そんなこと、言えるはずがなかった。出かかった言葉は喉で締め付けられ、無理矢理飲み込む。何も知らない無垢の瞳は俺を見つめて、突き刺す。


風介となまえが2人で歩いていたところをトラックが跳ねた事故から1週間。なまえはこうして意識を無事取り戻したが、こんな状態。

一方、風介も意識は取り戻した。が、全身麻痺、その上記憶障害。抜け落ちたように、なまえのことだけを覚えていなかった。そんな状態の風介になまえを会わせれば混乱し、最悪パニックをおこす。だから医師と瞳子さんが相談した結果なまえの容体が安定するまで、風介の記憶が取り戻すまでは2人が会うことを避けることになった。


ずっと、このままだったらいいのに。



「ヒロト?どうかした?」

「…ううん、なんでもないよ。風介は、なまえより怪我は軽いけど、今は治療に専念するらしいから会えないみたい。」

「そうなんだ…早く風介に会いたいな、」


適当な、嘘。それに納得したような顔でぼそりと呟かれた言葉は俺の耳にもちゃんと届く。脳に響いて、胸を侵食する不快感。2人が両思いだということはもちろん知ってる。けれど、それでも俺だって。


「なまえ」

「ん?」


もしも、俺がなまえの命を繋いでる色んな管を切ろうとしたら。

もしも、俺がなまえに「風介は死んだよ」と言ったとしたら。

もしも、なまえをこの白い部屋にこれから先ずっと閉じ込めたとしたら。


風介じゃなくて俺を好きだと言ってくれるだろうか。



「…もし、俺がなまえを好きって言ったらどうする?」



少し見開かれた目。だけどそれはすぐにいつものように戻った。



「もう、何言ってるの?私だってヒロトのこと好きだよ、」



ああ、ほら。すぐにそうやって逸らすんだ。俺がなまえを好きだと気づいてるくせに。友達としてなんて見てないこと知ってるくせに。君が風介を見る目と同じ目で見つめてる俺を、こんな簡単に無かったことにするなんて。本当に、嫌な子。


「風介は、全部忘れたのに。」


君のことを。

それなのにまだ好きなの?風介の中に君はどこにもいない。君がずっと風介のことを考えても元の風介は戻ってこない。前の風介はどこにもいない。

だけど、俺は、ずっと君のそばにいるよ。絶対忘れたりなんかしない。




「別にいいの。風介の中に私がいなくたって、私はそれでも、好きなの。」




優しい笑み。そんな目で見つめられたくなかった。いつも見る笑みとはまた少し違ってて、優しさが増してる。間接的に風介に向けている笑顔を、この手で消してしまいたいとさえ思う。多分今の俺は酷い顔をしてるんだろう。口元を歪ませて嫉妬に狂いそうな、醜い顔。握り締めた手のひらにギリギリと爪が食い込むのが分かった。このまま欲に任せてなまえを傷つけて、無理矢理俺のことが好きだと言わせようとしても、今までのなまえを見てきた人ならみんな無理だと言うだろう。きっとどんな手を使っても口から出るのは「風介が好き」、これだけ。こんなにもなまえは、あの人のことだけを思っている。確かに愛し合ってた2人、いや、きっと今だって心の奥底では愛し合っている2人に入り込む隙なんて、あるはずがなかった。



「うん、知ってた。さっき言ったことは全部忘れて。なまえの隣りに立つのは、1番風介が似合うよ」


「ふふ、ありがと。」



らしくもなく、目を逸らした。跳ね返った言葉が自分を締め付けて苦しかった。窓から見える青空が憎らしい。どうせなら雨でも降っていてくれれば良いのに。



「じゃあ俺、そろそろ帰るね。お大事に」



椅子から立ち上がって、視線をしっかりと重ねることはせずに歩き出す。今だけはそれくらい、許して欲しい。これでも耐えた方。白い部屋、なまえがいる空間を出るまであと少し。ドアに手をかけようとする。早く、早く。


「ヒロト、」

「…なに?」


首だけを少し曲げれば、視界の隅になまえが入った。



「  ごめんね。」



透き通った声色。それは何に対しての謝りなのか、よく分からない、ふりをした。



「…なんで?なまえは何もしてないよ。」



それでも、ごめん。 そんな言葉はドアのガラリという音に掻き消されて、俺のとこには届かない。ドアを後ろ手で閉めてすぐに、そこによりかかってずるずると座り込む俺は、周りから見たらすごくみっともないだろう。

息が、詰まる。ふと見ると、手のひらには真っ赤な爪痕。少し血も垂れている。あるのはなんと表現していいか分からない感情。色んなものが混ざり合ってぐちゃぐちゃになったもの。


ごめんねなんて、聞きたくはなかった

今までも、これからも俺のこの初恋は長く俺にしがみついて、離れないんだろう。

叶わないと、知っているのに。





20140701


ここのサイトのイラストを書いてくれたぽんお様に捧げます。

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