朱夏

 金色の陽射しの下にさらけ出された白い腕を、日に焼けた手で掴んでいいものかと、我ながらよく分からない躊躇をしてしまった。じっと本を見つめていた目が、そんなこちらに気づいたのか、はっと上げられる。
「……睡」
少し伸びた黒い前髪の隙間から覗く、大きな目だと思った。金色は黒髪に跳ね返って虹色に変わり、ぱらぱらと零れていく。それの行き着く先はこのじわりと湿った空気中なのだろうか、それとも焼けるように熱い砂の上なのだろうか。優しいのはきっと前者で、美しいのは後者だと思う。高温の地面に落ちていく煌びやかな目には映らない何かを想像したら、それは私の頭の中でぱんと弾けて花火のようだった。
「どうしたの、そんな顔して」
「え?ああ、ううん。何でも」
「そう?」
「うん」
「じゃあ、一緒に帰ろう?」
 柔らかな声はそう言って、私があの一瞬に言いたくて言おうとして、けれどもなぜだか言えなかったことを当たり前のように言った。それもそうだ、躊躇うほうがおかしくて、私達はいつものように二人で並んで歩き出す。部活動の終わるのを待っていてくれる彼女は、木陰とも言えないような小さなベンチで毎日夕焼けにさらされているというのに、なんだかずいぶんと白かった。並べた腕をちらと見ながら、その人形のような手が本を鞄へしまうのを、立ち止まって待つでもなくゆっくり歩きながら待っている。暑い。西日があつくて、灼けるようだ。
「燈火」
「なあに」
「先に帰ってもいいんだよ」
 蝋燭のような名前をした彼女へぽとりと零した言葉は、真っ直ぐに地面へ落ちていったのに虹色になどならなかった。わけも分からず遣る瀬無さとも寂しさとも違う感情に襲われて、横顔を見ていた視線を爪先へ下げ、それからまた頬へ戻す。今度は彼女がこちらを見ていた。黒曜石のような眸の中に、橙が溺れている。
「知ってる、そんなこと」
それは彼女の浮かべた微笑みに歪んで、とてもとても綺麗だと思った。
「……うん」
 ああきっとまた、明日も彼女はあの小さな木陰に座っているのだろう。私にはそれが確信としてあって、だからこそ切なくても悲しくはない。寂しくもないのだから切なくもない。ただそんな確信の上でしかものを話せない自分の、儚さに触れて気が狂うかと思った。

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