第二十一章 金色の獅子


 今日、シランが訪ねてきて、頼みがあると頭を下げるまでは。今夜、橘を牢から出すことを見逃してほしい。驚く隙もないほど直球に、そう頼まれるまでは。
「ええ、そうですわね。……大切な人です」
 微笑んで、巴はかつての坂下の方角に目を凝らした。橘の姿は、もうどこにも見えない。
 瞼を閉じると、巴、と呼びかける千歳の姿がそこに浮かんでくる。向かい風を切って飛んでゆく矢のように真っ直ぐで、強く、歪みを知らない薊の花。その純粋さから自分の忠告を聞き入れず、ナーシサスに騙された彼女を、だから言ったのにと夢の中で泣いて突き飛ばした夜もあった。
 でも、それでも。そんな彼女がいたからこそ、ケイは最期まで独りではなかったのだ。
「戻りましょう。シラン少佐も、そろそろ出て行かれた頃合いでしょうから」
 目尻に浮かんだ涙を拭って、巴は後ろを振り返った。十数人の看守たちはそれぞれに頷いて、再びフードとベールを纏い、夜の暗闇に溶け込んだ。
 長い大戦の中で、財閥が生き残る最も太い道は、軍と繋がりを持つことだ。空木家は代々、分家の人々に高度な心理術と体術を学ばせ、看守として排出することで、東黎軍の持つすべての支部の地下を支配している。
(どうかお二人が、無事に戻れるように……)
 天頂に架かる細い月を見上げて、巴は胸に手を当て、目を伏せた。守って、という願いに風がささめき、すすき色の髪を緩やかにひるがえした。


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