プロローグ


 西は堅牢なる石の都。
 北は荘厳なる白亜の都。
 東は肥沃なる緑の都。
 南は新進なる黄金の都。
 それら四つの大国の間に広がるガダブ砂漠は、旅慣れた者が駱駝で一ヶ月、慣れない者なら案内をつけなければ、二ヶ月経っても横断しきれず砂塵の一粒になるか、運よくどこかのオアシスに辿り着いて、一生をそこで終えるか。砂嵐と蜃気楼の闊歩する、広大な砂漠である。
 点在するオアシスは百を超えると言われるが、正確な数までは誰も分からない。
 ただ、どんな砂漠の端までも――あるいは四つの大国までも――その名を轟かせるオアシスがひとつある。
〈タフリール〉――ガダブ砂漠の中央に位置し、最大級のオアシスによって千年の昔から栄え続ける、砂漠の大小オアシスを束ねる〈絢爛たる月の都〉だ。



 その門は、一国を護る砦のように立派な石と鉄で造られていたが、重々しい姿を錦のヴェールで覆い、光を反射するガラスの珠飾りでそれを絡げてあった。左右に開かれた錦のヴェールは、カーテンのように風にそよいで、灼熱の砂漠を渡ってきたキャラバンを迎え入れる。
〈ようこそ タフリールへ〉
 藍色の布地に金の糸で刺繍のされた旗を見上げながら、タミアは商人が手綱をひく駱駝の横に付き従って、その門をくぐった。キャラバンの先導が、事前に徴収した通行税をまとめて支払う。一行は白と金のターバンをまとった役人たちに、笑顔で出迎えられた。
「君、それをこちらへ」
 辺りを見回しているタミアに、商人が声をかけた。タミアは砂漠の途中からずっと抱えてきた木箱を渡した。中身は植物の種だか根だか、さほど重くないものだったが詳細は知らない。
「隊商宿に入るには、私が君の保証人になって、正式にこの隊商に加えてやらないといけない。休めるところまで連れていってやれなくて、すまないね」
「いえ、お世話になりました」
 タミアはキャラバンの娘ではないのだ。遠く故郷の村を出て、このタフリールまで、案内人を雇う金がなかったので、たまたま通りかかったキャラバンの下働きとして共に旅をさせてもらってきた。
「達者で」
 荷物を預けてくれた商人の他、彼と親しい数人がタミアに声をかけながら去っていった。タミアは明るいオレンジ色の三つ編みを背中で跳ねさせて、その一人一人に「ありがとう」「さようなら」「お元気で」と頭を下げた。
 ……さて。
 背中が見えなくなるまで見送ってから、両手を広げて伸びをし、深呼吸をして振り返る。ようこそ、タフリールへ――表と同じ旗が、門の内側にもはためいていた。その下を、絶え間なく人が行き来している。門の下だけではない。右も左も、砂嵐ならぬ人嵐のように、色とりどりの服に身を包んだ人が思い思いの方向へ向かって歩いていた。
「あの、すいません!」
 さっそく、気のよさそうな二人組の男性に声をかける。
「魔法使いアルヤルを探しているんですが、知りませんか? タフリールにいるはずなの」
「魔法使いアルヤル?」
「さあ、聞いたことねえなあ」
 二人は顔を見合わせて首を傾げた。タミアは諦めずに、もう一押し訊いてみた。
「目が炎のような金色をした人なんです。どこかで見かけたこと、ない?」
「そう言われてもなあ。この町は広いし、魔法使いだって各地から集まってくる。ちょっと、覚えがないな」
「そうですか……」
「タフリールは、この通り人が多いからよ。一回見かけたくらいじゃ、多少特徴があっても忘れちまうんだよな。力になれなくて悪いね」
 男の一人が、申し訳なさそうに頬を掻いた。気落ちした顔を見せてしまったのかもしれない。タミアはいいえ、と気丈に笑ってみせた。
「大丈夫です、もう少し探してみるわ」
「ああ、見つかるといいな」
「どうもありがとう」
「そうだ、嬢ちゃん」
 頭を下げて、踏み出しかけた足を男の声が引き止める。
「どこから来たのか知らないけどよ、人探しなら訊く相手には気をつけろよ」
「訊く相手?」
「ここじゃ、人探し、もの探しを専門にしてる探し屋ってのもいるからな。うっかりそういうのに訊いちまうと、見つかっても見つからなくても金取られるぜ」
「ええっ!?」
 タミアの素直な驚きっぷりが、タフリールに慣れた男たちには面白かったらしい。じゃあな、と笑いながら去っていく彼らを見送り、タミアは呆然と呟いた。
「すごいところね……」
 思わず、スカートの上から財布を握りしめる。言われてから見渡すと、一体どの人が訊いても大丈夫なのか、全然分からなくなってしまった。
 ひとまず、もっと中心部へ向かってみよう。
 タミアは決意を固めると、タフリールの中心に聳える礼拝堂を見上げた。巨大な青い眸のような丸屋根の上に、金の三角旗が一対と風見が立っている。ひとまずはそこを目指して歩いていくことに決めた。
 タミアは人の流れに沿って、緩やかな上り坂へ足を踏み入れた。


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