灯神祭V

 ミシェーラが顔を上げ、カルツを目に映した。閉じ込められてしまうかと思うくらい、食い入るように見つめて、血の気の引いた唇を開いた。
「灯神様の怒りに触れた者の症状です」
「え……」
「権利を持たない者が、灯神祭の歌をうたったときに……現れるものよ」
 何を言われているのか、すぐには分からなかった。
 蒼白の顔に躊躇いと困惑を、何よりも信じられないという驚きを浮かべて、ミシェーラは静かに、言葉を変える。
「カルセ君、カルツ君。貴方たち――本当の〈灯守〉は、どちら?」
 雷のような衝撃が、カルツを頭の先から足の先まで貫いた。そんなの、と横たわるカルセを見下ろして、開いた口が声にならない声を漏らす。
 頭の奥で、分厚い氷の罅割れる音が聞こえた気がした。水色に光る冷たい湖へ、抗えない力に引っ張られて潜っていく。
 ――心配するなよ。
 溺れる、と目を瞑ったとき、幼い声が耳の内側で響いた。
 ――おれが、守ってやるから。
 どぼんと、体が無数の泡を散らして沈んだ。



 歌の上手いひとだった。
 それが、父のことでただひとつ、はっきりと覚えている思い出である。灯守だった父は、カルツたちが四歳のとき、病でこの世を去った。享年三十七歳という若さである。
「特別な才のある方だったから。きっと灯神様に気に入られたのね」
 町の教会で挙げられた葬儀の折、参列した近所の人がそう話しているのを耳にした。灯守の中でも、歌がとても上手かったから。きっと灯神様が傍で聴きたがったのだと、その人たちは涙を拭いて囁き合った。
 後になって知ったことだが、父には元々、生まれつきの疾患があったそうだ。肺に病を抱えていて、幼い頃にした手術の痕が大人になっても痛々しく残っているひとだったという。手術は一応成功していて、生涯の中で病が吹き返すかどうかは五分五分だったが、悪いほうの五分に軍配が上がった。別離の予感に胸を痛める時間さえなく、父はあるとき突然に倒れて、そのまま息を引き取った。
 人々はそんな父を悼んで「灯神様のもとへいった」と言ったのだ。今となっては、疑う余地もなくそう分かることである。
 でも、四歳だったカルツには、言葉通り灯神が父を召したのだということしか分からなかった。
 葬儀が終わって半年が経ったころ、母は教会に二人を連れて行った。春の晴れた日で、門の前を蝶が飛び交っていた景色を覚えている。母が神父と何事か話をして、カルツとカルセは年老いた神父の右手と左手に繋がれて、礼拝堂へ案内された。
「入って、順番に灯守の歌をうたってごらん」
 それは、次の灯守を決める儀式だった。どちらが父の持っていた灯守の血を引いているのか、明らかにするための試練だった。
 関係のない者は立ち入れないのが規則だと言って、神父は二人を残し、母のもとへ戻ってしまった。あいだの柵に、しっかりとした鍵をかけて。
 やらなければここから帰してもらえないのだと、幼心に悟ったとき、カルツは思わずカルセの手をぎゅうっと握っていた。呆然として黙っていたカルセが、我に返ったように振り返った。
「怖いのか」
 問いかけに、カルツは答えるのを躊躇った。認めてしまったら、ここから出してと大声を上げて泣いてしまう予感がしていた。
 だから、代わりに言ったのだ。
「灯守になったら、父さんみたいに、連れていかれちゃうのかな」
 カルセの眸が、大きく揺れた。
 いやだ、と思った。だって、連れていかれてしまったら――
「心配するなよ」
 ぎゅう、とカルセの手が、カルツの手を握り返した。
「おれが、守ってやるから。おれは、カルツの兄ちゃんだからな」
 カルセが自らのことを「おれ」と言ったのは、そのときが初めてだった。カルツは泣きたいのを堪えて熱くなった頭で、父さんみたいだ、と思った。
 カルセはにこっと笑って、礼拝堂のドアを開けた。子供の手には重いドアだったが、彼はそれを一人で開けた。まだ怯えていたカルツは、手を引かれるままに、兄の背中を追いかけて入っていくことしかできなかった。
 背後でドアが軋んで閉まる。
「先にうたうよ」
 祭壇へ向かって、まっすぐに歩き、カルセはそう言って目を閉じた。父の歌声を思い出しながら、なぞるように歌っていく。どれくらい歌ったらいいのか分からなくて、分かるところだけ歌った。
 すぐにカルツの番が来た。さあ、と促されて、何度か口を開いたり閉じたりしながら、恐る恐る声を出した。
 カルツは目を閉じなかった。正面に飾られた大きな聖杯を、涙で揺らめく目で見つめていた。このまま何事もなく歌が終わって、外に出たら母が立っていて、何事もなかったように家に帰って、すべてが流れてしまえばいいのにと思った。何も変わってほしくなかった。父を失い、ただでさえ毎日が悲しみの底にあったのに、これ以上なにを望まれているのか分からない。
 父が帰ってくる以外の変化なら、ほしくない。
 そう願いながら歌を終えた瞬間、見たこともないほどの眩しい光が聖杯に降り注ぎ、大きく弾けて辺りを包み込んだ。
「今うたったのは、どちらだ」
 声がはっきりと聞こえた。
「どちらが、うたった?」
 息を呑んでいると、答えを急かされる。瞼を閉じても開けても眩しくて、何も見えない。照り返す雪よりも眩しいものなど知らなかったカルツは、目が焼かれるような痛みに混乱して、何も言うことができなかった。
「ぼく……、おれがうたいました!」
 カルセの声が、光を押し返すように答えた。
「いつわりはないか」
「おれがうたったんだ!」
「聴かせてみよ、もう一度」
 大きく息を吸って、カルセが再度、歌をうたう。瓜二つの声で、先刻よりも恐る恐る、慎重に。カルセはカルツを真似てうたった。灯神は静かに耳を澄まし、口を開いた。
「……よかろう。そなたを灯守と認める」
 光が急速に縮小し、聖杯の中に納まっていく。鳥の羽根ほどの大きさになって舞ってくると、カルセの頭の上に降りて、ぱっと弾けて消えた。
 それは祝福のような光景だった。呆気なくて、綺麗で、恐ろしいことなど何一つなかった。
 でも、カルセの未来が大きく捻じ曲げられた瞬間だった。立ち尽くしたままぼろぼろと涙をこぼしたカルツに、カルセはとびきり明るく笑って手を伸ばした。両手で髪をかき回して、カルツの頭を撫でる。
 そうしておまじないのように、軽やかに言った。
「忘れちゃいな、カルツ。灯守はおれだ」
 それはすべてを騙す、まっすぐで堂々とした声だった。
 騙した神様の聖杯に向かって、満面の笑みを浮かべて、カルセはもう一度カルツの髪をくしゃくしゃと撫でた。



 ――カルセは、逃げない。
 最初にそう思ったのは、四歳のときだったのだ。灯守になった日、あの教会で。カルツにとって何をするのも一緒の、分身のような双子の片割れだったカルセは、強く眩しい兄に変わった。ドアを開けて礼拝堂を出ていくとき、その背中には永遠に追いつけないのだという錯覚を覚えた。
 カルセは、いつもと同じように手を引いてくれていたのに。ドアをくぐる前とは、すべてが大きく変わっていた。
 笑顔で帰ってきたカルセを見て、神父も母も、カルセが選ばれたことを疑わなかった。カルツが泣いているのは選ばれなかったからだと思われて、大丈夫、灯神様は灯守でなくてもきみを見放しませんよと、神父になぐさめられて帰路についた。
「僕は……」
 何もかも、思い出した。その晩、泣きすぎて熱を出して、病院に運ばれたことも。高熱にうなされて夢と現をさまよい、三日が経って、熱が下がったときにはほとんどの真実を忘れていたことも。
 カルセが、それを聞いて「そっか」と笑ったことも。
 何もかも、今、思い出した。
「……教員室に、彼を運びましょう。手を貸してくれますね」
 ミシェーラの声に、うつむいていた顔を上げる。彼女が言葉を失った自分に助け舟を出したのだと気づくまで、少しの時間を要した。
 スリンジャーがカルセを背負うように担ぎ上げ、無言で手伝いを促す。カルツは冷たくなったカルセの腕を肩に回して、教師二人に囲まれて逃げるように礼拝堂を去った。数えきれない視線が、ドアを閉めても背中を追いかけてくる。
 ――灯守は、僕だったんだ。
 頭の中で噛みしめるように、真実を言葉にする。破られた氷の奥から、冷たい水が血流のように溢れてくるのを感じていた。目を開けていても、景色がぐらぐらと眩んで、自分がどこを歩いているのか分からない。
 百合の匂いがする。カルツは唇を引き結んで、ミシェーラの髪に挿した一輪の花の、淡い香りを辿って歩いた。



 我らの中には、火が灯っている。
 温かくて熱い、命のともし火が宿っている。
 喜ぼう、敬おう。その火はいつかの今日の祭りに、灯神が与えたもうた。
 手をつなごう。温もりがあるだろう。
 我らの中には、火が灯っている。

 灯神を称える讃美歌の合唱が、灰色にけぶる空へと吸い込まれて消える。礼拝堂の突き立った屋根に光る風見を見上げて細い息を吐き出しながら、カルツは小さな声で、合唱をくちずさんだ。
 裏口の木戸をとめる鍵は、しんしんと止まない雪にさらされ続けて、凍てつくような冷たさだ。真っ赤になった指でそれをいじっていると、内側から静かなノックが響き、ドアが押し開けられた。
「そろそろ中へ」
 顔を出したミシェーラが、短く告げる。カルツは無言で頷いて、ドアの隙間に体を滑らせた。
 石炭ストーブの温かい空気が、正装に包まれた手足に纏いつく。黒のケープ、黒の上下、黒の革靴。雪景色に最も映える色だ。何百年も昔のノスフォールの人々は、黒に身を包むことで、深い雪の中でも灯神に見つけてもらえるのだと発想した。
 今日、その気持ちが初めて、こんなにもはっきりと分かる。
 紺色の緞帳を上げ、静かに促すミシェーラに従って、カルツは祭壇へと足を踏み出した。布一枚を隔てただけで塞がれていた視界が、大きく拓ける。ざわついていた礼拝堂が、カルツの足音に意識を吸い寄せられるように押し黙ったのが分かった。
 これだけの人間が一度に沈黙したら、鼓動の音まで聞こえそうだ。
 冗談でもなくそう思って、カルツは祭壇の中央に立つと、礼拝堂へ向かって一礼し、顔を上げた。
 優に千人はいるだろうか。ハーローツの初等科の生徒を最前列に、中等生、学生たちの家族、招待された地域の人々、どこからともなく集まってきた人々が並んでいる。皆一様に、正装なり黒の上下に身を包んで、今日の日の歌が灯神と自分たちとを結びつけてくれると心から信じ、待ち望んでいるかのように、カルツがうたうのを待っている。
 毎年、こんなにもたくさんの人に、嘘をつかせてきたのか。
 祭壇に横たえられた棺に目を落とし、君はすごいねと、心の中で語りかけた。カルセは答えない。青白い氷の花を胸に咲かせたまま、聖具である大理石の棺にぴたりと納まり、眠るように目を閉じている。
 生気のない、不透明に白くなったその頬に手を当てて、カルツは数秒、自らの熱を分けるように瞼を伏せた。
 昨日、灯神祭の予行練習で倒れたカルセは、教員室のストーブで一晩温めても目を覚まさなかった。胸の氷は何をしても解けない。手をのせても、火にかざしても、きらきらと輝きを放つばかりだ。
 灯神祭を、執り行おう。
 混乱の中、そう決定したのはスリンジャーだった。招待状は各方面に向けて、とっくに発送してしまっている。今さら式典を取りやめることはできない。ハーローツの礼拝堂は、毎年大勢の人々の、灯神祭の祈りの拠り所になる。一帯にここよりも人を受け入れられる教会はない。開催は覆せなかった。
 何よりも、ここならカルセを参加させられる。
 よその教会に運び込めば混乱を引き起こしかねないが、自校で行うものならば、何があっても対応ができる。今日の祭りは、生と死の狭間に落ちたカルセにとって、最初で最後のチャンスとなるだろう。祭りの聖具に隠して、灯神に最も近い場所へ、正装に着替えさせたカルセをゆかせる。
 そして今日、彼の代わりに祭壇へ立つのは、カルツだ。
 礼拝堂を彼方まで見渡して、カルツは自分に向けられる二種類の視線を受け止めた。ひとつは張り詰めた緊張。もうひとつは、穏やかな期待。
 前者は学院の生徒たちからのもので、後者は奥に腰かけた人々からのものである。この場所に集まっているほとんどの人は、カルツが昨日まで只人であったことを知らない。カルツの前に、横たわっている少年のことも知らない。学院に所属する若い灯守がうたう歌が聴ける。それだけしか知らないから、とても柔らかく微笑んでいる。
 カルツは目を凝らして、級友たちの姿を見つけた。事実を知る彼らの表情は、温かな祭りの気配とは程遠い。一様に眼差しを震わせて、カルツのうたうのを、今か今かと待っている。期待と恐れが綯い交ぜになっている、彼らの顔のひとつひとつに、カルツは自分が映っているのかと思った。
 家族席をざっと見渡して――母の姿は探さなかった。
 すべての事情は、今朝ミシェーラが到着した母を教員室に招いて伝えた。カルツは会わなかった。会って、錯乱した母の感情的な言葉を受けてしまったら、自分の胸に座した決意が粉々に砕かれるのが分かっていた。十年前の話は、灯神祭のあとに。ホットチョコレートの店で、カルセと母と三人で交わすと決めたのだ。
 そのために、今。
 灯守として、カルツはうたっている。
 伴奏に先導されて、細い声が礼拝堂に響いた。慎重すぎて弱々しく、神経質そうで、震えて痛ましい。参列した人々の中にも、次第にざわめきが広がっていくのが分かった。去年はこんなふうではなかったと、訝しみ、囁き合う声が天井まで膨れ上がる。
 無残なことだ。誰よりも深く、カルツは笑った。カルセのように歌いたいものだった。堂々として、まっすぐに前を向いて、光を振りかざすように。
 彼は眩しい光そのものだ。傍にあれば目の奥が眩んで痛むが、傍にないと、真っ暗で何も見えない。
 隣に立って照らし出されれば、カルセと比べて鮮やかな取り柄のない、みすぼらしい灰色の己を見て卑屈にもなる。でも暗闇の中では、影は消えてしまう。光がないと生きられない。厄介で、面倒くさい片割れだ。それが僕なんだと、カルツは棺を見下ろして瞼を閉じ、うたった。
 灯神に、命の火を乞うことが許された灯守の歌。灯神と人々を繋ぎ、新しいともし火を願う。
 もしもその血が本当に、この身に流れているというのなら。どうか氷の器となりかけている体に、もう一度火を。
 灯神の怒りは、灯神の火でしか解かせない。式典のためでもなく、そこに集まった人々のためでもなく、ただ自分のために、祈るようにカルツはうたった。糸のように細かった声はいつしか天井まで届き、彼の様子を苦笑いで見守っていた人々の声を振り切って、窓を貫いた。
 きらきらと、幾重にも剥がれ落ちる雲母の煌きのごとく、カルツの歌声は吹雪となって礼拝堂を包み込む。
 息を忘れて紅潮したその頬に、ふわりと温かな指が触れた。
 水色の眸が、夢でも見ているようにカルツを見上げている。歌がばらばらと、繋がる音符の螺子を一斉に外されたように壊れた。それを耳にしてやっと、彼はここが狭間ではないと理解したようだった。
「怒ってるよな」
 癖のない髪を指で乱して、カルセは静かにそう笑う。
「怒ってなんていないよ。全部、思い出したんだ。君は僕を守ろうとして、灯守を引き受けたんだろう」
 大役を奪おうとか、母の愛情を独り占めしようとか、そういうことを考えたわけではなく。分かっているよ、と言いながら現実であることを確かめるように手を取るカルツに、カルセは眉を下げて自嘲を漏らした。
「そのまま、忘れてりゃよかったのに」
「どうして」
「最高に恰好つかないだろ、こんなの。一生、騙して生きたかった。お前のことも灯神も、誰のことも。嘘は死ぬまでつき続けなきゃ、価値がないんだ」
 そんなことはない、なんて、慰めのつけ入る隙のない、はっきりとした口調でカルセは自らを詰った。
 その声の裏に、「守ってやるからな」と宣言する幼い声がよみがえって、カルツはああそうかと静かに納得した。
「大好きだよ、カルセ。最近、あんまり言ってなかったけど」
 生気を取り戻した眼差しが、驚きに見開かれる。
「でも、君はひとつ誤解をしてる」
 息を呑んだままのカルセに、カルツは続けた。ピアノの音はとっくに止まっているけれど、礼拝堂には囁き声ひとつ聞こえない。
 静寂が背中を押してくれる。今なら十年前、上手く言葉にできなかったこともきっと届く。思い切って息を吸ったら、瞼の裏に、あの春の教会の景色がざっと駆け抜けた。心が一足で、瞬間に駆け戻る。
「君は、僕が怖がったから、自分が灯守になって僕を逃がそうとしてくれたんだろう」
「……ああ」
「間違ってるよ。灯守になったら父さんみたいに、灯神様のもとへ連れて行かれるんだと思って怖くなったんだ。でも、それは自分が死ぬことを恐れたからじゃない」
「え?」
「君と離れ離れになるのが怖かったんだ、カルセ。僕は自分が死ぬのもいやだけど、君がいなくなるのはもっといやだ」
 カルセの眸が、ますますこぼれそうなほどに見開かれた。
 あのとき、カルツは確かに死を恐れていた。できることなら灯守にはなりたくないと思っていた。でもそれ以上に、カルセがいなくなったらどうしようと思って、怖かったのだ。
 守りたいと思っていたのは、カルツも同じだった。
「まあ、今さら言ったところで、信じてもらえないかもしれないけど。僕、いつも鈍くさくて、臆病で、カルセに守られてばかりだし」
「そんなことない」
 遮るように、カルセは言い放った。迷いのない、まっすぐな声だった。つけ入る隙があろうとなかろうと、そんなものは関係ない。やっぱり君は逃げないんだな、とカルツは心の奥で笑った。
「……暗闇の中で、お前の声が聴こえたんだ。さっき」
「粗末な歌だったでしょ」
「泣いているのかと思って、探し回ったら、遠くに光が見えた。駆け寄って手を伸ばしたら、とたんに眩しくなって、気づいたらこの場所で目が覚めていた」
 影も見えない暗闇を思い出して、カルセはかすかに声を震わせた。あの拙い歌を辿って、ここまで帰ったというのか。今度はカルツが思いがけない言葉に、返事をなくしてしまう。
 カルセはそんなカルツの頭に、もう片方の手も伸ばした。大理石に触れていた膚は表面こそ冷えているが、内側にはすっかり、いつもの温もりの息吹が戻っている。水色の眸が水色の眸の中に映って、明り取りから降り注ぐ冬の陽射しに抱かれ、湖のように揺れた。
 ラベンダー色の睫毛が、カルセの細めた目に合わせて光る。
「なあ、カルツ。知ってるか?」
「何のこと?」
「双子って、弟のほうが先にうまれるんだぜ」
 え、とカルツは瞬きをした。たくさんの本を読んできたが、初めて聞く話だった。双子は同時にうまれるものだと、頭から思っていた。
 カルツの知らない知識を持っていたことが嬉しいのか、カルセが得意げに笑みを深くする。
「兄より先に出て、道を開くんだと。真っ暗闇に、弟が光を通すんだ」
「カルセ……」
「守ってばかりだなんて、一度も思ったことはないさ。俺に光を灯してくれるのは、うまれたときから今日まで、いつだってお前だよ」
 ケープをはおった肩に、手がかけられる。カルツは頷いて、石の棺からカルセを引っ張り起こした。
 雪がひとひら、二人のあいだに舞い降りてきた。どこから、と見上げる間もなく、弾けて光の祝福に変わる。聖杯に焚かれた火が、ひときわ大きく金色にうねった。人々のあいだに、歓声が広がる。
「うたってくれ、カルツ。灯守の歌が、途中だったろ」
 固まった体をほぐすように大きく伸びをして、カルセが言った。視線を受けた伴奏係が鍵盤に指を置き、灯神祭の旋律が再び、礼拝堂にこぼれ始める。
 カルツは眼鏡の奥ではにかむように笑って、人々に向き直り、おずおずと口を開いた。

 我らの中には、火が灯っている。
 温かくて熱い、命のともし火が宿っている。
 喜ぼう、敬おう。その火はいつかの今日の祭りに、灯神が与えたもうた。
 手をつなごう。温もりがあるだろう。

 我らの中には、火が灯っている。



〈灯神祭/終〉


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