12:汝、晴れる日も雨の日も


「麗しゅうございます。やはり青にしてよかったですね」
 滑らかな絹の、オアシスの水面を思わせる肩口のエメラルドから、裾へ向かって深い藍色に移り変わるドレス。
 細い生糸で編んだレースを重ねて作った、左右の耳の後ろで留めて、開いた背中を上品に覆うヴェール。
「おかしくない? 私、このドレスはとてもいいと思うけれど、似合うかどうかは自信がなくて……」
「何を仰いますか。私と皇子の見立てを信じてくださいな」
「ふふ、そうね。二人のことは信じられるわ」
「それなら、何も心配はいりません。大変よくお似合いでいらっしゃいます」
 ガラスのティアラを慎重にのせて、サルマは最後、おまじないのように歌をうたいながら、両の耳へイヤリングをつけた。太陽の光を思わせる、金のイヤリング。雲のようなヴェールの奥で、ルエルが動くたびに光を零す。
「さあ、行っていらっしゃいませ。私も沿道から、今日は見ておりますからね」
 綺麗だ。オアシスの水面に降り注いでいた、目映い日射しを思い出す。
「ありがとう、サルマ。行ってきます」
 ルエルは微笑んで、鏡に背を向けた。シュルークの空の青は、今日も一点の曇りもなく美しい。

 細い回廊で繋がった藍の間の表側へ回り、広間を目指して進む廊下の、一番手前のドアを叩く。すぐに中から「はい」と声がして、ルエルはその懐かしさに、名乗ることも忘れドアを開けた。
「兄さま!」
「おお、ルエル? お前、ルエルか?」
 青いドレスに身を包んで、少女のように飛び込んできた妹を前に、長椅子に座っていたゾイロスは勢いよく立ち上がった。はい、と頷いて、ルエルも三ヶ月ぶりに会う兄に手を差し伸べる。
 ゾイロスはその手を握り返して久しぶりだなぁと笑ってから、ルエルをまじまじと眺めて、嬉しげに頷いた。
「見違えたぞ、ルエル。まるで別人みたいに元気になって――そう思うでしょう?」
 ゾイロスは振り返って、奥の長椅子で脚を組んでいる長兄に呼びかけた。ルエルも視線を、こちらも三ヶ月ぶりの兄、ポロスへと移す。
 ポロスは手にしていた檸檬水のグラスを置いて、うん、と眦をかすかに和らげた。
「来てくださってありがとうございます、兄さま」
「そりゃ、妹の最高の一日だもん。何があったって来るさ、ねえ?」
「そうだな。……息災だったか、ルエル」
「はい、この通り。とても……良い日々を送っておりました」
 ポロスは短く、そうかと答えた。兄さまたちは、と訊ねると、変わりないよとゾイロスが答える。
 寡黙な長兄と、賑やかな次兄。今だからこそ鮮やかに思い出せる、ニフタの城の日常風景に、ルエルが思わずくすくすと笑いを漏らした。ゾイロスはそんなルエルの姿を、ほっとしたように見下ろす。
「俺は、今まで知らなかったのだが」
 奥で二人のやりとりを見ていたポロスが、ふと口を開いた。ルエルもゾイロスも、会話を止めて長兄を振り返る。
「お前は笑うと、母上にそっくりだったのだな」
「あ、そうだ。なんか初めて見た気のしない笑顔だなと思ったんだが、そうか、母さまか」
「……っ」
 ポロスの言葉に、ゾイロスがなるほどなぁと同意を示した。当たり前のように口にされた二人の意見に、ルエルは胸が貫かれるような衝撃を覚えて、目を丸くする。
「私が、お母さまに……?」
 そんなまさか、と思ったが、ゾイロスはあっさり「似ているよ」と答えた。本当ですかと喜びたい声が、嬉しいのに震えてしまう。
 ルエルは自分がいかに、その証明を求めていたのかを痛感した。髪の色も目の色も親に似ておらず、三人の兄妹の中で唯一、異質な力を持って産まれた。自分を人の子ではないのかもしれないと、曖昧な意識の中で、回遊するように悩んだ時期もある。
 今、思いがけないところで、自分の中に流れる母の血を教えられた。
「父上たちにも見せてくるといい。出発まで、まだ少し時間があるだろう」
 ポロスが穏やかに微笑んで、ルエルを促した。涙ぐみそうになる目を細めて、はいと頷く。
「二人なら、食堂でこちらの陛下たちと話しているはずだよ。一緒に行こう、お前をエスコートできるのも、これが最後になるだろうから」
 ゾイロスがドアを開け、芝居がかった仕草で腕を曲げて一礼した。ニフタの一般的な、貴族の礼だ。スカートを軽く持ち上げてニフタの女性の礼を返し、ルエルも差し出された腕に自分の手を絡めた。
 感情を抑え、限られた世界でひっそりと暮らしていた自分に、いつも少しだけ離れた場所から温もりを与えてくれた人。彼らに笑顔を返せることが、今、とても誇らしい。
 付き合うように部屋の奥で一礼してみせたポロスに見送られて、ルエルは食堂への短い距離を、ゾイロスと共にゆっくりと歩いた。


- 39 -


[*前] | [次#]
栞を挟む

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -