4:商隊兵団


 シュルークの空は本当に、曇ることを知らない泉のようだった。青々と澄み渡り、力強い太陽は、見上げる者の瞼の裏に金色の幻影を残す。
 帝国にきて、二週間が過ぎた。ルエルの生活にも、一定のリズムが出来上がりつつある。
 朝起きて身支度を済ませると、食堂にいって皇帝、皇妃、ジャクラと四人で朝食を摂る。朝食の場では毎日、皇帝の夢占いが行われ、それによって占師が指定する花が中庭から摘んでこられた。申し出れば、フォルス以外も夢を診てもらうことができる。占師は女性で、声こそ若いが、深い紫の絹で目から下を覆っているので年齢不詳だった。
 食事が終わると、フォルスとナフルは公務に就く。ルエルは午前の間、ジャクラと共に彼の導師の元で、本を読んだり互いの国について話したりと勉強をした。歴史やその他の勉強について、ジャクラのほうがルエルよりも二歳年上なので、最初は内容についていけないのではと心配したが、そんなことはなかった。人前に出る時間が少なかった分、ルエルはニフタで、多くの時間を勉強に使ってきたのだ。導師ハーディは、腰の曲がったにこやかな老夫で、教え子が増えたことを歓迎してくれた。
 勉強が終わると、昼食の時間になる。ルエルは皇妃ナフルと共に彼女の部屋で、ジャクラは皇帝フォルスと共に、食堂で。昼の食事は特別なとき以外、男女で分かれて摂る。これはシュルークの、一般家庭でも根づいている風習だ。女はここで家庭について、男は仕事について、自由に語ることが許される。つまりは、愚痴も許される。昔から変わらない、解放の時間なのだ。
 午後はジャクラが皇子として公務にあたるため、勉強はない。まだ正式に妻と言える立場でもないルエルは、公的な場に出ることはできないので、王宮の中で自由に過ごしている。主に、侍女のサルマが相手をしてくれた。宮女の中では二十歳と若いが、ルエルにとっては接しやすい年齢で、姉のように世話をしてくれる。
 ルエルには、ニフタから連れてきたメイドや使用人はいない。輿を運んできた一行は皆、ルエルの意思で国へ帰らせた。彼らには彼らの、ニフタでの生活や家族がある。見知らぬ土地に、自分だけのために来させるのは忍びないと、初めからそのつもりでいた。
 同じ大地に変わりはないのに、故郷でないというだけで、人は落ち着かなくなる。感情の抑制が身に馴染んでいる自分の胸にさえ、微かながら、その違和感は息づいているのだ。
 昔、本で学んだとおり、これを心細さ≠ニいうのなら、彼らは自分の何倍もこれを感じて苦しむということになる。そんな思いはさせられない。させていいものだとは、思えなかった。
「――ルエル様?」
 ふと、声をかけられて思考のほとりから引き揚げられる。鏡を見れば、髪を整えてくれていたサルマが、どうしたのかと問うように視線を向けていた。
「何でもないの、大丈夫です。少し、考えごとをしていただけで」
 ぼんやりとして、疲れているようにでも見えたのだろう。サルマはほっとした笑みを浮かべると、そうですかと言って、首飾りをかけた。
「それなら良いのですが、何か気がかりがあるのでしたら、いつでもお話しくださいね。お勉強のことなどは、わたくしには分からないことも多いでしょうが、お話を聞くことはできますから」
「……ええ、ありがとう」
 藍色の、シュルークの伝統的な宮殿衣装の首元に、水晶の首飾りが光る。侍女という立場を差し引いても、サルマは優しい女性だ。シュルークの話し方に不慣れなルエルのために、傍に仕える彼女はいつも、ゆっくりとした口調で話す。言葉が聞き取れるというだけで、居心地の良さは格段に変わる。
 そのことに感謝している相手は、彼女一人ではないのだが。食事の席で顔を合わせる、フォルス、ナフル、そして。
「それでは、参りましょうか。中庭までお送りいたします」
 この夕方のひとときを共に過ごしている、ジャクラも。

 王宮は大きく分けて、三つの区画から成り立っている。
 第一に王宮の心臓部とも言える藍の間=B王宮の一番奥にあって、皇帝フォルスを始めとする、皇族が暮らす宮殿だ。北にある離れは後宮の名残りで、ルエルは今、その一部を借りて暮らしている。全体に深い藍色と白、金で飾られて、昼には涼しげに明るく、夜には月明かりを受けて幻想的に浮かび上がる。
 歓待の宴が開かれた奥の庭のほか、宮殿の手前にも中庭を持つ。庭の外れにある離れに、導師ハーディが暮らしている。石榴の木で囲まれた、小ぢんまりとした白一色の建物だ。
 藍の間の中庭を過ぎると、門は青の間≠ノ繋がっている。大臣や宮女たちが働く、仕事の場だ。皇帝たちの執務と、謁見のための宮殿が中央に一つ。ほか、四つの小さな宮殿を回廊で繋いでおり、各宮殿の上には天文台が備えられている。占師は朝食のとき以外、大体このどこかにいるそうだ。大臣たちの仕事のための宮殿が一つあるほかは、使用人による炊事の場や洗濯の場、食糧庫などである。


- 10 -


[*前] | [次#]
栞を挟む

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -