12:汝、晴れる日も雨の日も


 色とりどりの花びらと、前方で奏でられる伸びやかな音楽。道の両側には赤と青の絹をねじったロープが張られていたが、沿道を埋め尽くす人々は時折、後ろから押されて溢れる。転んだ人の上にも花吹雪は舞い、彼らはそれを見上げて、わっと声を上げて笑うのだった。
 背の高い駱駝の上に、銀色の、さらに背の高い梯子をのせて、花まきは華麗に腕を伸ばし西へ、東へと揺れながら花を撒く。
「すごい人出ね」
 遥か後方の、間にいくつもの砂糖菓子を配る椅子や踊り子の小舟などを挟んだ輿の上で、ルエルは熱気に圧倒されて呟いた。模様も大きさも様々に敷き詰められた絨毯は、白の間から大通りの終わりまでまっすぐに伸びていて、パレードはその上を、銅のレールに沿って進んでいく。
「皆、あなたを祝福して集まったのです。緊張なさることはありますまい」
 階段つきの最も立派な輿を引く三頭の駱駝の脇で、豪奢な正装に身を包んだムラーザが振り返って、ルエルに答えた。話しかける合間にも、彼は無数の鈴を結んだ三日月刀をくるくると回して、沿道の人々の目を楽しませていく。
 皇子の婚礼パレードの護衛とあってか、今日のムラーザは伸び放題だった髭を整え、いつもは隠している刀をあえて人目に晒すことで、その銀色の煌めきすらもパレードの彩りの一部に変えていた。
「そうだぞ、堂々としていればいい」
 隣から、いつも通りの明朗な声がかけられる。
 顔を上げたルエルに、ジャクラはエメラルドで飾られたピアスを揺らして微笑み、見上げる人々に聞こえない声で、軽くつけ加えた。
「胸を張って、俺の隣に座って、街の景色でも見て。それで余裕があったら、あとは笑っておけ」
 沿道から見えない、脚と脚の間で手が握られる。温かくて褐色の、ルエルの手をいつも引いてくれた、大きな手。琥珀色の目を見つめて瞬きをすれば、大丈夫だと示すように、彼は前を向いて唇に笑みをのせた。
 ――今日、この人と結婚する。
「……はい」
 ルエルは自然と、綻ぶような微笑みを浮かべていた。パレードが動き出したときの緊張が、嘘のように淡く散らばっていく。今、胸にあるのは灯火のようにも、湧水のようにも思える温かな喜びだけだ。
 そう思ったとき、その喜びを汲み上げたように、空が雨を降らせた。
「あ……っ」
 式典なのに、と思わず立ち上がりそうになる。だが次の瞬間、ルエルは見た。沿道の人々が次々に傘を広げ、通りを傘の花が埋め尽くしていくのを。おお、と目を合わせるジャクラとムラーザの横で、唖然としてその光景を見つめる。
 人々は傘を上げてルエルを見ると、大成功とでもいうように笑った。
「雨憑姫さま!」
 ふいに、傘の間から少年が叫んだ。ルエルが近くを見回すと、人をかき分けて前に出てくる小さな男の子がいる。猫のように細い体で大人たちの間をくぐり抜け、少年は息を弾ませながら、大切そうに抱えていたものを高く掲げた。
 白とオレンジ、黄色の花を、太陽のように組み合わせた花束だ。
「おめでとうございます!」
 彼の後ろから、妹が出てくる。どうやら少年は妹を連れて、今日のパレードを見に来たらしかった。ほら、と妹を前にやりながら、花束を振ってルエルを呼ぶ。
 輿までの距離は、近くて遠い。少年は祝いの気持ちだけを届けてくれるつもりのようだったが、ルエルはゆっくりと進んでいくパレードの上で、湧き起こる気持ちを堪えきれずに隣を見た。
「あの、ジャクラ」
 ルエルの眼差しに、ジャクラも頷き返す。彼の答えを受けて、ルエルは再び少年たちの姿を探すと、花束と小さな手を振る二人に向かって、明るい声で叫んだ。
「――投げて!」
 驚いたように、少年が目を瞠る。周囲の大人たちがざわめいて、彼に場所を空ける。
 少年は躊躇いながらも、妹の手を引いて走ってきて、ルエルの目を見た。そうして絹のロープの向こうから、精いっぱい腕を伸ばして、投げた。
 花束はくるくると回りながら飛んでくる。身を乗り出したルエルの体をジャクラが支え、鮮やかな青のドレスの胸元に、花束が飛び込んだ。わあっと歓声が上がり、幼い兄妹は目を輝かせて佇んでいる。ルエルは彼らに向かって、ありがとうと手を振った。
「雨憑姫さま!」
「皇子!」
 一部始終を見ていた人々の中から、花や砂糖菓子が次々と差し出される。どうやら他にも、ひそかに用意していた人が大勢いたらしい。
 ルエルは思わず、またしてもジャクラと顔を見合わせた。ジャクラも予想外だったのか、驚いたような顔をしている。しかし彼の目の奥が笑っていることに、ルエルは気づいた。
 沿道の反対側からも、花が見えている。その数はすでに、両手を伸ばして受け取りきれる数ではない。
「父上」
 ジャクラが振り返って、後ろの席に並ぶフォルスとナフルを見た。フォルスはその一言だけで、息子の言いたいことを察して顔を上げる。
「好きにしなさい。お前たちのパレードだ」
 フォルスがそう言って呆れたように笑うが早いか、ジャクラが立ち上がって、ルエルの手を引いた。ルエルも迷わずに微笑み、ドレスをひるがえして階段を駆け下りる。
 晴れ渡る青空の下に、透明な雨が降り注いだ。歓声はまだ、遥か、鳴り止まない。


〈雨憑姫と煌野の皇子・終〉


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