18 ユーティアの戦い


 四季の彩りなどとは縁遠い石の塔にも冬が訪れて、小さな窓から覗く空は時々、雪を降らせ始めた。暖炉の代わりに毛布と上着が運び込まれ、地味な灰色の毛糸で編んだ手袋が与えられた。雪深いと噂される今年の冬を乗り越えるには心許ない準備だったが、ハンカチをスカーフの代わりに首へ巻き、朝晩は毛布を体に巻きつけて、ユーティアは風邪を引かないように注意して過ごしている。
 石造りの牢はただでさえ冷える。それに加えて、体を動かす理由がほとんどないのが辛かった。すでに半年近い月日を閉じ込められて過ごしているが、あれ以来ウォルドと顔を合わせたことは一度もなく、状況が変わる気配はない。そろそろ気丈に耐えるのも限界が近づいてきている。今すぐ出ることは難しいとしても、せめてこの独房ではない場所の空気を吸いたかった。はっきりと言えば、何か仕事を与えてほしい。
 本を読むのにも飽きてベッドで寝返りを打ちながら、ユーティアは柔らかくなった自分の手のひらを触ってみる。ここに来てから何もしない日々が続いているせいか、子供の手のひらのように皮膚が薄くなった。
 料理や洗濯といった、以前は億劫に思うことさえあった当たり前の家事が恋しい。せめて掃除くらいさせてくれてもいいと思ったのだが、ユーティアを外に出すとなるとまた見張りに人手を割かなくてはならないせいか、何の打診も命令もない毎日だ。身の回りのことは相変わらず兵士が片づけてくれ、最低限の生活は守られているが、許されている行動も極端に少ない。目覚めてから眠るまで、この部屋で一人、ぼんやりと過ごす。
 そんな中だが唯一、頭と心に変化をもたらしてくれるのは夜番の看守たちの会話であった。近ごろ昼間にぼんやりしていることが増えたのは、それを聞いているせいでもある。
 レドモンドたちは相変わらず、深夜になると退屈を紛らわすかのように様々な話をした。わずかなコインやそこらの店先で手に入るワイン、本や互いの持ち話を賭けてトランプゲームをしていることも少なくない。勝率はティムのほうが高かったが、レドモンドはいつも何だかんだと上手く彼を言い包めて、賭けるものを軽くしていたので大した損にはなっていないらしかった。彼らはユーティアが眠っていることなど、いちいち確認しない。自分たちが一晩、何をして過ごしていようとも、兵士に告げ口などしないことをとっくに察しているのである。
 ゲームにも飽きてくると、彼らはたまに情勢の話を漏らした。大半はまだ戦地へ行っておらず、城に勤めている兵士たちの態度への口汚い愚痴だったが、そういう文句の類にはたくさんの情報が含まれている。やれ先日の威張り散らした誰々が戦地へ送られただの、あれが任された部隊は有り合わせみたいなものだっただの。
 彼らが言いたいのはその後に続く「ざまあみろ」という一言なのだが、ユーティアにとっては聞こうと思ってもなかなか聞けない、貴重な外の話である。なぜ「ざまあみろ」と彼らが思うのかというと、それは戦地へ送り込まれた部隊が、ろくな訓練を受けていない兵士からなる付け焼刃の部隊だったからだというのだ。訓練期間の短い兵士が多くなると、統制が取りにくくて苦労するという。裏を返せば、分かっていても十分な訓練をさせられないくらい、戦地の状況が良くないということだ。
 セリンデンが強いのか、四国同盟の中で中心となって指揮を執っている分、他の三国よりアルシエに求められる責任と負担が大きいのか。詳細な部分は憶測で補うしかできないが、彼らが戦争に関する話を始めると、ユーティアはどんなにうとうとしていてもこっそり起き上がってメモを取った。
 書き物机の椅子に座って、そのノートを開く。昨晩取ったメモは月明かりがなかったせいで、何も見えないまま書きとめたので文字と文字とが重なって読みづらい。しばらく眺めてから、後日のために書き直す作業に入った。
 ここへ来てからいくつめかになる黒のインク瓶を、新しくおろす。ユーティアがあまりものを要求しないためか、インクは惜しまず与えられて用途もそこまで追究されなかった。新聞は一度求めてみたが、さすがに却下されて、もらえてはいない。雑誌の類は新聞よりも王を気ままに風刺するので、最初から求めようとは思っていない。
「……これでよし、と」
 独房で暮らし始めてから、どうにも独り言が多くなった。ノートを片づけながら苦笑して、仕方ないかと割り切って認める。これも気をおかしくせずにここで過ごす、れっきとした方法の一つだ。声を発するというのはすっきりする。ユーティアはごく稀に、外にいるであろう兵士のことなど忘れて歌をうたった。
 書き物机はひんやりと、冬の空気に冷えている。引き出しを開けて何通かの手紙を眺め、封筒に入ってきたローリエの葉の香りを嗅いだ。すべて母からの手紙だ。サボが兵士にも許可を得て、やりとりをさせてくれている。郵便局に届いた手紙を持ってきてくれた翌日に、彼はいつもユーティアから母への返事を受け取りに来た。


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