2 魔女の店


 汽車をサロワから三本乗り継ぎ、ユーティアがコートドールへ降り立ったのは、その年の初夏のことだった。白い石畳を、結晶のような五月の日差しがきらきらと埋め尽くして照り返す。
 カフェオレ色の煉瓦が並ぶ街並みの中で、とびきり大きく構えた駅を出ると、荷馬車をひく人や急ぎ足で歩く人の雑踏がユーティアを取り囲んだ。次から次へ、ひるがえるスプリングコートやカーディガンの色が目に飛び込んでくる。サロワでは出会うことのない喧騒に、ユーティアと共に荷物を抱えて降りた両親も思わず足を止めた。青年も淑女も商人も、皆がユーティアたちを避けて軽やかに歩き続けていく。
「まるでお祭りだわ。いつもこうなのかしら」
「首都だから、そういうものなのかもしれないな。おっと」
「あなた。大丈夫?」
 呆気に取られて辺りを見回していた父の鼻先を、荷馬車の積み荷が掠めた。ああ、と頷きながら鼻を擦って、父は足元に下ろした荷物を抱え直す。荷馬車はすっかり人波のむこうに消えて、睨みつけるように背中を追った母の目線など、気づいてもいない様子だ。
 ふう、と深く息を吐き出して、ユーティアは荷物を両手に提げた。

 ユーティアの新居は、城へ繋がる案内看板と商店街と街灯が立ち並び、噴水が湧き踊る駅前の広場を抜けて、大通りから十分ほど奥へ歩いたところにあった。家を決めるにあたって、事前に一人で来たことはあったので、見覚えのある景色と地図を照らし合わせながら路地を曲がる。
 コートドールは駅前こそ広々としているが、一歩入れば昔ながらの、ごつごつとした石畳の路地が葉脈のように続いていく街だった。城へ繋がる大通りの周囲は明るく発展しているが、それ以外の場所は案外、道の舗装や家々の景観に古くから繋がる時間の面影を残している。
 カン、カン、と鉄を打つ音の聞こえてくる小さな工房を越えて、花屋に向かって橋を渡り、ミントグリーンの柵がつけられたベランダの並ぶアパートを通り過ぎる。運河の流れに沿って下流へしばらく歩き、揃いのカフェオレ色をした家を二軒とレストランを越えて、両隣を小さなアパートに囲まれた、三角屋根の一軒家。
 それが、ユーティアの新しい住処だった。
「ここよ」
 足を止め、振り返ったユーティアに両親が家を見上げる。両側を背の高い建物に挟まれて建つ、カフェオレ色の煉瓦の中にときどき象牙色の煉瓦の交じった外観。少し古めかしくて、この路地の空気と、土と植物のようによく馴染んだ温かみのある家だった。緑青色の屋根のすぐ下に、小さな窓がある。二階は屋根裏部屋になっているのだ。
 父がううんと眉を寄せて、心配そうに言った。
「少し、狭いんじゃないか」
「ううん、これくらいがよかったの。広すぎたって、一人暮らしじゃ寂しいだけだもの」
「確かに、それはそうかもしれないが」
「大丈夫よ。今、開けるから中を見てみて」
 にこりと笑って答え、ユーティアはポケットから取り出した鍵をドアに差し込む。鍵穴のカチリと回る音がして、人形の家のように静かだった建物が、開け放たれたドアから外の空気を吸い込んだ。
 室内に明るく、光が差す。
 ドアをくぐってすぐの部屋は、広々とした石の床が広がっていた。中央に大きな長方形のテーブルがあり、左右の壁際に備えつけの棚が立っている。母がこの棚はどうしたの、と訊ねると、ユーティアは鍵をポケットへしまいながら、最初からあったのと答えた。
 ユーティアが見つけたこの家は、二年ほど前まで別の魔女が暮らしていた家なのだ。高齢になって店を閉め、故郷に帰ってしまい、以降空き家として使われていなかったという。
 昔ながらの薬草を扱う魔女だった彼女の家は、一階の前面を店として使っていた。このテーブルも棚もすべて、そのときの名残をそのまま譲ってもらったのだ。この家は他にも、魔女の仕事に合わせた独特の造りをしており、なかなか買い手がつかなかったという。
 おかげで立地のわりに、比較的安く譲り受けることができた。同じ、昔ながらの魔女の店を開こうとしていたユーティアにとっては、これ以上ない好物件だったのである。真鍮のノブをつけたドアの先で、リビング、キッチン、風呂場などを一通り確認し、ユーティアはさらにリビングの奥にあるドアに手をかけた。
 簡素な内鍵を回して、かすかな風の手応えを感じながらドアを押し開ける。途端、初夏の光を受けて輝く瑞々しい緑の草が、視界いっぱいに広がった。


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