17 石の底の再会


 淡々として抑揚のない、石の塔での日々はそれでも確実に過ぎていき、気づけば牢で暮らし始めて一ヶ月が経っていた。窓からわずかに見える木々と空の色以外、外の様子はほとんど分からない。あまり代わり映えのしない景色の中を、時々鳥や雲が横切っていく。
 ユーティアは一日のほとんどを、ときどき与えられる本を読むか、日記をつけるかして過ごしていた。保護というのはあながち嘘ではないようで、三度の食事や風呂といった生活の最低限は非常にきっちりと守られている。部屋はいたって清潔だし、衣服の洗濯も寝具の交換も定期的に行われた。王はユーティアを悪く扱う気はないようだ。ただ、そこに監視の目的がないわけではないことは、夜に塔の入り口を二人の看守が見張っている時点でよく分かる。
 昼間は誰もいないのだが毎晩、八時になると夜番の二人がやってきて、一人は廊下に、もう一人は入り口の近くに腰を下ろす。彼らは牢の警備だというが、ここにはユーティア以外、囚人はいない。間違いなく、ユーティアを見張るために配属された二人なのである。
 ユーティアがそれを不思議に思って、どうして自分一人を見張るためだけに看守が二人もつくのかと訊いたところ、彼らは億劫そうにしながらも教えてくれた。看守が一人、囚人が一人だと、互いに話し相手がいなくてつい親しくなってしまう可能性がある。特に男と女では、それ以上の情も抱きかねない。そうならないために、看守は囚人のためではなく、看守同士の監視のために、常に二人以上で行動することが決められているのだと。
 逃げ出す可能性を視野に入れられているのだということが、よく分かる返答だった。二人はどう思っているか知らないが、少なくとも王は、ユーティアが看守をやりこめてしまうことのないよう、厳重な監視を命じたのである。
 男女だから特に警戒を、などというのは、ユーティアから言わせれば息子ほども年の離れた彼らを相手にありえない話だったが、脱獄の手口として珍しいケースではないようだ。そんな懸念をされて悔しくないのと彼らに訊いたところ、本気になれば騙すのにも騙されるのにも、歳は関係ないんだよと一蹴された。
 黒髪のほうがティムといい、金髪のほうがレドモンドという。自己紹介を受けたわけではないが、彼らが互いにそう呼び合っているので何となく知った。レドモンドのほうがよく喋るが、ティムより年上だ。階段のあって座りやすい入り口のほうに陣取っていて、廊下には大抵ティムが座る。ティムは看守というには小柄な、少年のような青年だった。無口でレドモンドに逆らわないが、古くてわずかに歪んでいる牢の格子戸が閉まらなくなったときに、殴って直すという荒業で解決させた短気な一面も持ち合わせている。
 彼らは夜中、眠らずに番をする。退屈しのぎに交わされる会話はどれも大したものではないが、夢うつつに聞いていると気が紛れて楽しかった。やれ兵士の誰かが賭けに負けて誰かに夕食を奢っただの、誰かが兵士寮に女性を連れ込もうとして、させた変装が下手すぎただの。
 ユーティアのこれまでの生活には縁遠い話ばかりではあるが、他人の声が近くで聞こえるというのは悪いものではない。会話に加わらなくても、誰かと接している気分を味わえる。その上、彼らは時々、情勢に関する話題も口にした。国境近くの兵の状態や、城内での噂話。多くが憶測と愚痴だが、これらの話は外の世界の現在を知れる貴重な情報源だ。ユーティアは時に起き上がって書きとめ、時に眠ったふりをして聞き入った。
 朝の八時になると兵士がやってきて、彼らは帰っていく。兵士はユーティアに食事を渡すと、塔の中には留まらず、近くの警備に就く。何人かでやってくることも多いが、兵士の名前は一人も知らない。彼らは看守より口が堅く、そっけなく、ユーティアと事務的に接することを徹底していた。
 ウォルドがいつまで自分をここに閉じ込めておくつもりなのか、まったく予想も立てられないが、現状は大人しくしているに越したことはないだろう。状況を良くするためには、待つことも必要だ。ユーティアはそう自分に言い聞かせて、ベッドに横たわって日がな一日過ごすことも観念している。
「おい、起きているか」
 今日もそうして本を枕元に、うつらうつらと午後の時間を持て余していたユーティアは、唐突に開いた扉の音に慌てて起き上がった。見覚えのある小柄な兵士が、踵を鳴らして足早に向かってくる。昼食の食器類を下げに来るのは、いつももっと夕方になってからだ。
 それ以外の時間に彼らがやって来ることは、とても珍しい。
「面会だ。外に希望者が来ているが、どうする」
「面会?」
「サボと名乗っている男だ」
 名前を聞いた途端、表情がよほどはっきりと変化したのだろう。兵士はユーティアの返答を待たずに、入り口へ戻って扉を開けた。
 眩しい光を遮る人影が、慌ただしく転がり込んでくる。その姿がユーティアの両目に映し出された瞬間、彼の目もまた、格子の奥のユーティアを映し取った。
「ユーティア……!」
 その目で見ても尚、信じられないというように彼が口を開く。懐かしい声に、頭の奥の何枚もの扉が一斉に開け放たれる音が聞こえた。個々の形を上手く成せない、色彩の波のような記憶が、ユーティアの額の奥にどっと溢れ出す。


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