16 国王ウォルド


 数日後、ユーティアは書状の指示に従って、グリモアを片手に城の一室へやって来ていた。日頃は兵士の会議室に使われている部屋らしく、簡素ながら奥行きがあり、壁に沿ってコの字形にテーブルが並んでいて広い。到着した者から順番にそこへ座らされ、百人近い魔女が集まったところで、書状を回収していた兵士がドアを閉めた。どうやら今日の予定人数が、全員集まったようである。
 戦地での活動の説明という名目で開かれたこの集会は、数日に分けて行われるらしい。あの後、ベレットの元にも書状が来たそうだが、彼女は今日の集会ではなく三日後に呼び出されていた。住んでいる地域か、あるいは出身なのか、何か一定の基準で分けられているようだが、辺りを見回してみてもユーティアの見知った顔は特になかった。薬草魔女というものは、失われかけている職業だと言われながらも、探せば存外いるものなのだなと室内を見渡して思う。
 ここにいる魔女は皆、薬を扱う知識を持った魔女だ。腰の曲がった年配の魔女から、十代と思わしき学生のような魔女まで、年代を問わず集められている。ただ若い人はあまりおらず、ユーティアよりも上の世代が半数以上を占めているようだった。これから戦地へ向かいましょう、と話すにしては、あの人もこの人も、ずいぶんと歳を取っている。
 まだあどけない少女が呼び出されていることにも腹が立ったが、老いて、見るからに走ることもできない人をかき集めていることにも、ユーティアは表しようのない不満を覚えた。本当に、彼女たちを戦争へ送り出そうというのだろうか。銃弾も炎も雨のように降る戦場で、彼女たちがそれらをかわしながら働けるとでも思っているのだろうか。
 さすがに、それはないだろう――このときはまだ、心のどこかでそう思っていた。従軍といっても明らかに無理のある者は、この集会で話を取り下げられるなり、どこか別の場所で仕事を頼まれるといった妥協案があるだろうと。
 しかし部屋に王がやってくると、彼は控えの兵士に今回の戦争についてもう一度説明をさせ、そのまま魔女の従軍について、話を進めさせた。戦地での主な仕事や、国境周辺の地理。森の中で自生が確認されている植物や、貨物列車での輸送が可能な薬草について。
 王は途中、自分がこの度の戦争にかける思いと、セリンデンに打ち勝つことの必要性について自ら中心に進み出て述べ、勝利のためには薬草魔女の力が必要だと宣言した。彼があまりに堂々と語るので、集まった魔女たちは誰一人として、言い出すことができなかった。その従軍は任意ではなく、絶対なのか、と。
 事の大きさを呑み込んで、にわかに室内がざわつき始める。誰もがもう少し、気安く構えている節があった。魔女とはいえ、自分たちはあくまで女なのだ。戦争へ行くのは男たちで、自分たちは最前線へ行くことなどまずあり得ない。大多数が、無意識のうちにそう思っていた。
 だから活動場所が発表されて、それが新聞で連日報道されている激戦区だと知ったとき、魔女たちの中には動揺のあまり泣き出した者もいた。慰める者がいなかったのは、知り合いがいなかったからではなく、涙を流していない者でも心には計り知れない困惑が生まれていたからだ。ユーティアもそうだった。隣の席で啜り泣きが聞こえても、手を伸ばすどころか、顔を向けることさえできなかった。そういう余裕が、どこにもなかった。国境の近くで働かされることになるのは書状を持ってきた男たちの話で察しがついていたが、想像以上に、王は自分たちを戦地の中心へ向かわせるつもりでいる。
 泣き出したのは何も、若い魔女だけではなかった。ずっと小声でお喋りをしていた年配の魔女たちも、顔を青ざめさせている。漏れ聞こえてくる会話を追っていたユーティアには、理由が分かった。彼女たちは、いわゆる「例外」が適用されることを予想していたのだ。
 戦地へ向かったところで、こんな足腰では何の役にも立てない。駆けることも逃げることもできないで、飯と寝床だけは必要とする。こんな老人を、わざわざ送り込むなんてことは、よほどの事態でなくちゃやらないでしょう。
 笑い合ってそう言っていた彼女たちを見透かしたように、王は「経験の深い者も多いようで、安心した。一人一人がこのアルシエで培ってきた知恵と技術を、存分に発揮してもらいたい」と口にし、暗に年老いているからといって召集を取り下げる気はないことを示した。
 この戦争に、例外はない。
 その事実をまざまざと突きつけられて、会場全体が一段深く、重苦しい息の中に沈んだように感じたのはユーティアだけではないだろう。数人の魔女が我に返ったように異議を叫んで、兵士に取り押さえられて部屋を出ていった。別室で落ち着かせる、と言ったその意味が、どういったものなのかは分からない。
 彼らは、錯乱状態に陥った魔女を目にしても冷静だった。誰もがそんな光景は、見慣れているといったふうだった。この部屋が兵士たちの会議室であったことを、ぼんやりと思い出す。彼らはここで、いつ何時、どの部隊が何の武器を持ってどこへ出て行くのかを、いつも話し合っている。女の錯乱など、その会議の重さと恐ろしさに比べれば、蚊の鳴く程度の悲鳴にしか聞こえないのかもしれない。


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