15 召集


 大きな荷車を引いた商人が、石畳をガラガラと慌ただしく横切っていく。ぶつかりそうになって身をかわしたユーティアにも気づかずに、彼は帽子を深い皺の刻まれた眉間近くまで被って、通りをまっすぐ、駅のほうへと向かっていった。
 戦争が始まってからというもの、コートドールはいつになく緊張した空気に包まれている。戦はまだ国境の近くで行われていて、戦火はそれほど広い範囲に届いてはいない。しかし城からは兵士が引っ切り無しに出入りするようになり、町では今まであまり見かけることのなかった、金の紋章が縫いつけられたカーキのジャケットを多く目にするようになった。従軍する兵士に与えられる、アルシエの紋章が光る制服だ。国花であるアザレアと、初代アルシエ国王の横顔を模ってある。
 真っ黒な貨物列車が昼夜を問わず走るせいで、町の人々は時々、その音に起こされた。ユーティアも深夜、カーテンを開けて見てみたことがある。線路は見えないが、行き先は知っていた。コートドールの駅だ。やがて重い金具を引きずるような音と共に、列車は駅に着く。何を運んでいるのか、明確には知らない。ただ、それが鉱山の方角からやってきて、到着すると城の兵士たちが駅を一時封鎖し、荷物を下ろすことは知っている。
 列車はたまに、そこから東へ向かっていく。セリンデンとの国境のほうへ。
 市場から出てきたものの、買い物のほとんど入っていないかごを手に、ユーティアは近くの青果店を目指して歩き出した。野菜と果物だけでなく、牛乳なども売っていることがある店だ。市場が縮小してしまったせいで、以前より食料品を一ヶ所でまとめて買うことができなくて、買い物に苦労する。市場では今、ごく限られた商人しか店を開いていない。商人に紛れてセリンデンの人間が、城の近くまで入り込むのを防ぐためだ。
 市場を追い出された商人の中には、ベレットも含まれていた。彼女はもう同じ場所で二十年近くいたというのに、権利を取り上げられた上、魔女だという理由で厳しい検査と身元の調査が行われたという。アルシエの者であることが証明できたため、拘束を受けるような事態にはならなかったが、薬を作っても売る手立てがなければ、薬草魔女は生活が成り立たない。
 今はユーティアがソリエスの一角を、彼女のために空けている。市場よりは狭くなったが、ベレットはそこで今まで通り、薬の販売を続けていた。
 おかげで最近は、以前よりもベレットと過ごす時間が長くなっている。戦争が始まって、不安で胸がつぶれそうな今、誰かが傍にいてくれることはユーティアにとっても悪いことではなかった。まして彼女とは、互いに信頼のおける間柄だ。こうして店番を任せて、日が高く昇っているうちに買い物へ出かけることもできる。
「いらっしゃいませ」
 目当ての青果店の入り口をくぐると、野菜や果物の瑞々しい香りが肺を満たした。小さな店の中には、品物が所狭しと並べ尽くされている。葉物野菜とトマトを置いている中央の台の隣に、チーズや牛乳、ヨーグルトなどの乳製品が少しだけ、ワゴンに入って置いてあった。
 ユーティアは牛乳とチーズを最初に選び、それから店内を一周して野菜を買い揃えた。店主は新聞を広げながら時折、横目にユーティアを見ては、また新聞に視線を戻す。一進一退の戦況を、新聞は毎日、言葉を変えて伝え続けている。
 ごく稀に聞こえてくるかすかな砲撃の音が、その戦争が他人事ではないのだと、どんな手の込んだ記事よりもはっきりと告げてくるのだった。

 ユーティアが買い物から帰ってすぐ、入れ違いにベレットが外へ出ていった。店番をするついでに薬を作っていて、手持ちの材料を切らしてしまったという。彼女の使う材料には、ユーティアが裏庭で育てていないものも多く、ベレットはまた戻ってくるといって薬草を取りにアパートへ向かった。
 ソリエスのドアに人影が二つ並び、規則的なノックがされたのはそれから間もなくのことだった。
「魔女、ユーティア・ハーツというのは貴方ですか」
 ガラス越しに見てもがっちりとした体格と、揃いの服装が見て取れ、ユーティアはやや警戒しながらドアを開けた。二人組の男は、どちらも店に足を踏み入れようとはせず、代わりに鋭い目をしてユーティアを見下ろした。


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