8 朱夏


 ベレットはコートドールの中心部、駅前から徒歩五分ほどの、活気のある場所に建つアパートに部屋を借りた。要領がよく、いつの間に顔見知りになったのか、コートドールに来て二週間と経たないうちに市場で伝手を作り、そこで仕事を始めたと知らされた。
 どうやら、市場の片隅でワゴンを出させてもらえることになったらしい。アパートのベランダで育てたり、知り合いから手に入れたりしたハーブを使って、賑わう市場の奥で薬を販売している。ベレットの薬は、苦いが効きもいいとそれなりに評判だ。
 市場での仕事は彼女の性に合っているようで、時々遊びに来ては土産話をたくさんこぼしていく。生き生きとした目で珍しい野菜や新鮮な卵を買ってきたと話すときは、美味しい食事が食べたくなったときである。
 ユーティアは度々、ベレットの買ってきた材料で夕食を作って振る舞った。ときにはそこに、サボが居合わせる日もある。サボは一人暮らしにも慣れていて、簡単な料理は得意だったので、そういうときは彼も一緒に夕食の支度をしてもらった。できあがった料理をテーブルに運んでお茶を淹れるのが、ベレットの仕事になる。
 素朴な変わらない日々にも、いつしかそうして灯る明かりの数が増えた。二十五歳になったユーティアは、このところ自分がとても幸せだと思う毎日を送っている。ソリエスの仕事も順調だ。薬草魔女として、一人の人間として。仕事においてもそれ以外の時間においても、穏やかで充実した生活が続いている。
「ユーティア、これは?」
 ふと、隣で作業を手伝ってくれていたサボの声で、自分の手が止まりかけていたことに気づいた。顔を上げると、これ、と薄紫の小さな袋が差し出される。
 ユーティアは色を見て、すぐに頷いた。
「ラベンダーで、そこのピンクのリボンがいいと思うわ」
「了解」
「あと、できたらもう一つ。リボンが黄色いのを作ってもらえると嬉しいかも」
 分かった、とサボは笑って、トレーの上のドライラベンダーをたっぷりと袋に詰めた。その口をユーティアが糸で軽く止めると、上から細いリボンをかけて、綺麗に結んでサシェを作る。
 夏の暑い時期は、去年もこうして、ドアを開け放して風通しを良くしたリビングで、ミントティーを飲みながら小さな作業をしていた。サボは自分の仕事が休みの日にやって来ると、話しがてら、ユーティアの手元のものを手伝ってくれる。あるときは瓶にラベルをつけることであったり、ボトルの首にタグをかけることであったり。
 今日は、サシェを作るのを手伝ってもらっていた。
「そっちの黄色の袋と、水色の袋。ミントを入れるなら、どっちが似合うと思う?」
「ミントかあ。僕だったら、水色にするかな」
「じゃあ、水色ね。黄色は……、ローズマリーにしようかしら」
「この薄いピンクは使わないの?」
「それは、バラのポプリを入れようと思って。バラは香りが強いから、他のを作り終わってから出すわ」
 なるほど、と頷いて、サボは慣れた手つきでサシェの口を結んでいく。几帳面な彼は、細かな作業がユーティアに劣らず上手い。頼りになる手伝いのお礼に、オーブンではもうすぐミントクッキーが焼き上がろうとしていた。今朝はミントが豊作だったのだ。
 出来上がったサシェは、半分ほどはソリエスに置いて、もう半分はベレットに預けて市場で売ってもらう。アパートで薬を作っているベレットは、裏庭を持っているユーティアに比べると、作れる薬の量と種類は限られる。ワゴンに品物が少なくなってしまうと人が来なくなるからと、彼女は時々こうして、ユーティアの作ったものを一緒に並べてくれていた。
 薬では被ってしまうので、サシェやポプリ、果実酒などを預ける。売り上げは上々だ。販売料として一部を取ってくれて構わないと言ってあるのだが、たまに現物をもらったと言って果実酒を一本開ける以外、ベレットは利益を求めてこない。
 彼女曰く、彩りを借りているのは自分のほうだから、だそうだ。確かに、ベレットのワゴンが果実酒と並べて酔い覚ましの薬を売っている話は聞いたことがある。
「いい香りだ」
「でしょう?」
 サシェの袋を縫い留める傍らで、ユーティアが作っているのはリースである。ドライにした白バラとガーベラを中心に、時々アイビーの葉も交ぜながら、蔓で編んだ土台を隙間のないように埋め尽くしていく。同じくしっかりと乾燥させた輪切りのオレンジや、形のいいシナモンスティック、ブラックベリーの実などを針金で留め、控えめな色合いながら、香り豊かでふんだんなイメージを作り上げていく。
 これは、マルタからの頼まれものだ。
「結婚のお祝いだもの。いいものを作らなくちゃ」
 アイビーを留めた糸を切って、意気込むようにユーティアはバラをもう一輪取った。うん、とサボが同意して頷く。
 かねてより離れた町で恋人と暮らしていたマルタの娘が、今年の六月にようやく籍を入れたのだという。気の長い二人で、式はまだ挙げていないそうだが、年内にはという話で進められているそうだ。


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