5 青年サボ


 夏が目映く駆け抜けて、秋がびろうどのように降り立つ。やがてその秋を、冬がひっそりと覆い、春、太陽がすべてを溶かして大地は朝を迎える。
 そしてまた、目映い真昼のような夏が訪れる。
 半分ほど開けた窓から吹き込んできた風が、薄いレースのカーテンを揺らし、棚に括りつけたラベンダーの花束を掠めて柔らかな香りを漂わせた。薄紫に染まる空気を深く吸い込んで、ユーティアは編み棒を動かしていた手を止め、外を眺める。
 季節は代わる代わる、手のひらを叩き合うように秩序をもって巡り、ユーティアは二十三歳になっていた。コートドールで迎える夏も、片手で数えられる最後の年だ。リビングと店内を繋ぐドアの奥で、毛糸を積んだかごを足元に、椅子に腰かけて手元を動かしている横顔にもだいぶ、年相応の落ち着きが備わってきている。
 目元へ流れてきた髪を一束、耳へかけて、ユーティアは再び吹いた風に小さな笑みを浮かべた。ラベンダーの香りは良い。今年は特に、これまでで一番花をつけて、裏庭からも店内からもその香りを感じ取ることができる。
 ドライフラワーにするための花束を吊るしている棚には、ハーブを使ったビネガー、オイル、蜂蜜の瓶が並んでいる。整然と列を作らせると、瓶と瓶の間に落ちる影が互いの色を重ね合い、ステンドグラスのように透けるのがユーティアは好きだった。下にはハーブティーと、乾燥させたハーブが各種、香りを飛ばさないように引き出しに入って置かれている。
 向かいの棚には果実を使った品物が集められており、中でもこんな暑い時期には、シロップが人気だった。苺や西瓜、檸檬などを甘く煮詰めて透明に搾ったシロップを、グラスに注いでサイダーで割ると、甘い泡が舌の上で弾けて美味しい。果実酒も変わらず置いてあるが、こちらは春や秋のほうが人気だ。ジャムは季節を問わず、少量ずつだが安定して売れる。
 中央のテーブルには薬と石鹸、ハンドクリームなどがずらりと並び、端のほうで時々、ハーブのパンやローストしたアーモンド、ドライフルーツやフルーツのコンポートなどが売られていた。これらは皆、常備しているような品物ではなく、果物が豊作だったときや市場でたくさん手に入ったとき、ユーティアが自分の昼食にパンを焼くついでがあったときにだけ現れる。これが意外と評判で、一人暮らしのアパートの住人たちは、客人が遊びに来るときなどのちょっとしたもてなしに買い求めていった。パンは大体、昼時に焼き上がるので、午後に立ち寄るマルタやリコットのような婦人たちの買い物かごに収まる。
 冷めたミントティーを一口飲んで、ユーティアはなだらかに続く丘のような水面に、故郷の風景を思い出し、そっと瞬きをした。
 十九の初夏に父を亡くして、早四年。サロワへはあの年以来、冬になると毎年二週間の休みを取って帰郷している。店は閉めて、裏庭のことはその期間だけ人を雇い、最低限の手入れを一通りしてもらっている。
 そんなわけなので、庭の片隅には四年前から温室ができた。小さなものだが、寒さに弱い鉢植えの花や育ちかけの苗などは、雪に降られてしまうと弱って枯れてしまうこともある。最初の冬にはリビングに入れて越冬させていたのだが、他人に任せるとなると、鍵を渡してしまうのはさすがに不安だ。温室を用意し、そこで面倒を見てもらうのが最善だった。
 母は変わらず、サロワの実家で細々とした暮らしを続けている。父の思い出をすぐに手放してしまうのは淋しいというのと、誰かのもとに身を寄せて生きていくにはまだ若いというのが、母をあの家に留まらせている思いであるようだった。
 母は一人になってからも、規模は小さくなったが、無花果園や菜園の仕事を続けている。近所に住む父の兄弟たちが、繁忙期は手伝いに来てくれているそうだ。先日、手紙に無花果園の絵を添えたものが、瓶詰にしたジャムと共にソリエスへ送られてきた。元気ですか、こちらは眩しい毎日です。近況なら変わらず電話で告げあっているが、母は時々、こうして事前の知らせなく手紙をくれる。
 ユーティアはそんな母に、コートドールの市場で手に入れた手触りのいい毛糸を使って、セーターを編んでいた。ベージュと赤銅色の、エンブレムのような花模様を背中に編んでいく。
 編み物は長い時間がかかる。秋の肌寒くなるころに間に合わせて母に送り、もう一着、今年は自分用のカーディガンも作りたいのだ。外はこれからまさに夏の盛りを迎える正反対のときだが、ユーティアは仕事の合間に時間を見つけては、少しずつ編み棒を動かし進めていった。
 カランカラン、と店のドアが開かれる音が、リビングまで聞こえてくる。
「いらっしゃいませ」
 ユーティアは手にしていたセーターをテーブルに置いて、立ち上がった。来客は一人の若い男性である。彼は奥から出てきたユーティアを見るなり、明るいグリーンの目を見開いて、「貴方が魔女?」と訊ねた。
「はい、そうですが」
「へえ……」
「あの、何かお探しでしょうか。それとも、私にご用事ですか?」
 まじまじと眺められて、ユーティアは思わず用件を問い質すような口調になった。青年は慌てたように両手を振って、ああいや、と辺りを見回す。


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