14 アルシエとセリンデン


 エンデルとアルシエとは、かれこれ数百年、歴史の教科書が綴るような過去の時代から交流がある。王家同士の親交も深く、今さら裏切るような真似は王もできなかったのだろう。アルシエはエンデルとの信頼関係を取った。しかしセリンデンは、まだ線路の建設を諦めてはいない。
 エンデルとの貿易に限らず、西への行路はセリンデンにとって、何としてでも手に入れたいものの一つなのだろう。アルシエが頑なに拒否し続けていると、今度はレイスに目をつけて、アルシエを頷かせようとする傍らで、レイスにも同様の手段を講じてきた。即ち、自国の魔女がそちらへ逃げたと言って、返還への協力を求めてきているというのだ。無論、協力の姿勢が見えなければ付き合いを変えるとも言ってきている。
 これに憔悴したレイスの国王が、友好国の中ではセリンデンの次に大きなアルシエを頼り、使者を送り続けていたらしい。セリンデンは二国の内通を薄々感じとりながらも、表面上はそれを指摘して、敵意を向けてくることはなかった。しかし、その最中に先代のアルシエ王は逝去した。
 これらすべての事柄を引き継いだウォルドは、セリンデンがこの機に乗じて一気に事を動かそうとしているのを感じ受け、今日という場を借りて現状を国民に訴える決断をした。城の庭を埋め尽くさんばかりに集まった人々の反応が、大きな三つの流れを作って動いていく。
 王家がこれまで、セリンデンとの関係を対等で友好的なものであると偽っていたことへの困惑。
 逃げ出してきた魔女たちにすべての原因があると思っていた自分たちの、浅はかな思い込みが覆されたことへの動揺。
 行き場のない戸惑いは次第に怒りとなって、人々の足元から熱気のように立ち昇った。それは、王でもなければ魔女でもない。セリンデンという、目の前の最も大きな壁に向けられて、ごうごうと炎のように燃え盛り始めた。
 ふざけるな、大国がなんだ。傲慢な国め、矜持を教えてやれ。どこからともなくそんな声が、高らかに上げられる。トランペットはもう響かない。塔の上にいた兵士は、いつのまにか姿を消している。
 ユーティアはその渦に呑み込まれそうになりながら、バルコニーのウォルドを見上げていた。――ふいに、その目がユーティアを捉えた。ここにないグリモアの、金の装飾に覆われた背表紙に埋め込まれている透明な石を思い出し、身震いをする。ウォルドの視線はそのまま、すぐにユーティアの上を外れていった。
 庭にはいつしか、セリンデンを恐れるなと叫ぶ人々の声が、幾重にも幾重にも重なり合って響いていた。

 それから一年半が流れた、ユーティア四十五歳の春。ついにアルシエはセリンデンとの、長きに渡った交渉の決裂を正式に発表した。これによって二国の関係は一気に崩れ、国境は煉瓦の壁が築かれて、一切の交流は断たれた。
 この件に関して、責任の一端が自分たちにもあるとしたエンデルと、かつて戦争で恩を受けたことがあるとするリュスが、アルシエに協力することを全面的に宣誓した。そして長らく苦しめられてきたレイスも、アルシエと手を取ってセリンデンに抵抗することを決断した。
 四国は同盟を結び、セリンデンから送られてきた最後通牒を、四国の王が頭を揃えて拒絶した。通牒の内容は、レイスは属国に下り、アルシエは線路を、エンデルとリュスは貿易を認めよというものだった。真っ二つに破られた書状を、セリンデンの使者は無言で持ち帰ったという。
 その年の夏。ソリエスの庭に最初の無花果が実るのを待たず、アルシエの砲撃を合図にして、四国対セリンデンの戦争が開戦した。


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