La fin


 ベレットが次に行ったことは、彼女の生涯の大仕事となる、魔女協会の設立だった。これは東の大陸の魔女たちが、自分たちと同じ道を進まないよう、薬草魔女の地位を職業として確立させておくというものだ。魔女たちは生まれた村で漠然と薬を売るのではなく、この協会から各地に派遣され、そこで仕事をする。
 受け入れられれば、必要とされる。必要とされるということは、むやみに失いたくないと思わせられることでもある。
 彼女が亡くなる頃、世界はすでに大戦時代に入っていたが、東の大陸への戦火はまだ広がっていなかった。今際の際、彼女は言っていたという。『薬草魔女手記』をくれぐれも読みなさい。そして貴方たちは同じ道を歩んではならない、と。
 東の大陸はその後、大戦に巻き込まれていく。薬草魔女たちにはかつてのアルシエと同じく、従軍命令が下された。しかし、彼女たちは組織を組んで民間の人々に訴えかけ、軍と対等な立場をとって慎重な交渉を進めた。前線へ出て行くことは拒み、首都の陰にある寂れた村を拠点として集結し、そこで支援活動を行った。
 主要な建物も貴重な資源も見当たらないその村を、敵軍はよもや、住民のほとんどが薬草魔女で、軍事に協力している村だとは見抜けなかった。首都が狙われたときも村は攻撃を免れ、薬の製造は滞ることなく続けられていたのだ。敵には、西の大陸から攻め入ったセリンデンも含まれていたという。彼らがあと一歩、用心深く隣の村へ目を向けていれば、かすかな湯気と薬草の匂いに気づくこともできたかもしれない。
 東の大陸は結果的に、この大戦で敗北した。しかし薬草魔女とその知識は、ほとんど失われずに残った。
 戦後、西の大陸は彼女たちが軍に協力していたことを知ったが、罰することはできなかった。なぜなら彼女たちは、東の大陸に育つ独自の植物を使いこなし、西では存在しない民間療法を完成させていたからである。
 研究者たちはこぞって海を渡り、その知識を求めて大陸を駆けた。真新しい発見がいくつも報告され、中でも彼らを驚かせたのは、東の大陸の魔女たちが西の大陸の薬草を、東のものと組み合わせて使っていたという事例である。西の大陸にはない形で、東の魔女は自分たちの文化を発展させてきた。それはもはや、医学とは全く別の存在として、東の大陸の人々の生活とは切り離せないものとなっている。
「この大陸の薬草文化と西の医学には、もっともっと互いに組み合わせられる可能性が残されていると思うんだ。俺はそれを研究して、不治の病という言葉をなくしたい」
 青年は自分に言い聞かせるように、はっきりと言った。少年がその言葉に、嬉しそうに頷く。
 彼の母は、この大陸では珍しい病にかかっていた。それは西の大陸では風土病のように扱われているもので、だからこそ青年に治すことができた。不治と思われている病にはそんな、まだその土地で治療法が確立されていないだけで、別の地域では当たり前に治せるものも存在する。
 世界中の当たり前を学べば、どんなに多くの人を救う薬が作れるだろう。青年はその思いで、海を渡ってきた。独自の存続を遂げた、東の魔女たちの文化を知るために。
 そして今日、次なる知識への旅を求めて、一度祖国へ帰る。
「あのさ、先生」
「うん?」
「おまじないを教えてやるよ。薬草魔女たちが使ってる、昔のおまじない」
 礼を言って袋を受け取った青年に、少年が手を伸ばした。耳打ちだと気づいて、青年が首を傾ける。
 少年は勿体つけて咳払いをし、青年の肩に手をかけた。
「――ユーティア」
 東の大陸らしからぬ響きに、青年は思わず目を瞬かせた。それはむしろ、青年の生まれ故郷の言葉によく似ていた。協会を創設した魔女が、薬学を教えた魔女たちを各地へ送り出すときに使ったのが始まりなんだって、と聞き、ああと納得する。
「意味は、祝福あれ。先生、いつかまた、新しい薬を持ってここへ来てよ」
 黒い眸を得意げに細めて、少年は笑う。青年は微笑み返して、しっかりと頷いた。
 春の風がその背中を包み、二人の髪を揺らしていく。淡い水色の空から降り注ぐ光が、乾いた土の道をどこまでも照らしていた。



Fin


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