22 故郷


「気にならないわけではないのよね」
「ええ、そうねえ」
 母は朗らかに肯定する。当たり前のこと、というようなごまかす気のない口調だった。飴色の目で二人を眺めて、にこりと頷く。
「どなたなのかしらと、思っているわよ。でも、娘が戦争の中を、コートドールから一人でここまで来られたとは思えないもの。あなた方がきっと、ずっと一緒にいてくれたのでしょう」
 ユーティアはええ、と母の言葉に頷いた。
「私の、命の恩人なの」
 石の牢から解放して、ここまでの道程を共にしてくれた人たちという意味でも、三年間に及ぶ独房での生活という、辛苦でしかないはずの日々を和らげてくれた人たちという意味でも。
 ユーティアの短い答えに、母は大いに納得したようだった。そう、と微笑んで二人に再度の礼を述べ、石の塔での生活は大丈夫だったのかと、再びユーティアと話し始める。
 キッチンに繋がる壁際のドアがばたんと開き、片手にかごを持ったジェスと、後ろからお茶を持ったリヨンが現れた。
「ちっとこれくらいしか出せるもんがねえんだが、疲れたろ? 遠慮せず食ってくれな」
 胡桃のパンがこれでもかというほど盛られたかごをテーブルに置き、ジェスが隣に瓶を並べる。中身に気づいたユーティアが、思わず身を乗り出した。
「無花果のジャム?」
「そうだよ。ああそうか、おめえにはサロワの無花果の味は久しぶりか」
「懐かしいわ。一応、店でも育ててはいたけれど……」
「まだまだあるんだ、おめえも遠慮せず食えよ」
 今年は肥料が少なかったわりに豊作でなあ、と嬉しそうに語るジェスの隣で、リヨンが母とユーティア、ティムとレドモンドにお茶を注いで回った。ハーブの香りが冷えた体の芯まで沁み込んでくる。それぞれのソーサーに、二粒ずつアーモンドが添えられていた。家の裏手でほんの数本、リヨンが趣味として育てている樹があったのを思い出す。
「そうだあんたら、少し休んでいくだろう? 兄が部屋を用意してるんだが、同室と別々と――うん、そのカオを見る限り、別々でいいみてえだな」
 ジェスが丸く突き出したお腹を揺らして、笑った。
「小さな部屋だが、空きはあるんだ。あんまり使ってなかったんで、ちょっと掃除してるからよ。それでも食って、待っててくれな」
 壁の向こうから「おおい、ちっと」とホセの声がする。ジェスがすぐに返事をした。どうやら、棚を動かすのに人手が欲しいらしい。
 リヨンがキッチンへ引っ込み、ジェスがそちらを手伝いに行くと、賑やかだった室内はまた静かになった。胡桃のパンに手を伸ばして、ジャムをたっぷりのせる。一切れを母に渡してから自分のぶんを取り、ユーティアは実に久しぶりに、柔らかなパンと甘いものを口にした。
 無花果のジャムが詰まった瓶の横には、金色に透ける蜂蜜の瓶が並んでいる。ティムとレドモンドは、ユーティアに勧められてパンを一切れずつ取った。レドモンドが蜂蜜を、ティムがジャムを迷いなく選ぶ。
 彼らはしばらく部屋を見渡したり、窓の向こうへ目をやったりしながら、従兄弟たちが戻ってくるまで言葉少なだった。

 翌日、朝食の席へ、椅子を少し無理に詰めて呼ばれた二人は、ゴードンを初めとするこの家の人々に改めて挨拶をした。名前から始まり、看守であったこと、ユーティアとサロワへ来た経緯など。
 どうやら粗方のことをはっきり話そうと、一晩のうちに二人で意見をまとめていたようだ。彼らの説明に躊躇いはなく、出身や城に雇われた経緯など、従兄弟たちから訊かれたことにも隠すそぶりはなく答えた。
「王の命令に背いた以上、すぐに城へ戻ることは考えていません。戦火に追われて逃げては来ましたが、当分、行くあてがない。ここに置いてもらえませんか」
 ユーティアからゴードンに頼もうと思っていたことも、彼らは自分で述べた。ゴードンは快く受け入れ、従兄弟たちは改めて言われるまでもなしと口々に笑い、ユーティアは二人がかすかにほっとした表情をしたように思った。
 二人はしばらく、農場の仕事を手伝って暮らすことになった。看守の制服を脱いで、農村の青年らしい木綿のシャツと毛糸のベストに装いを変えた彼らは、互いの恰好がいかに似合わないかを口々に言い合いながら、錆びた鍬と鋤を手に取った。


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