「雪が似合うね」
 一晩で積もった雪の解けぬうちに、細雪の降りだしたしろがねの午後。細い朽ち木の枝を片手に笑ったその人に、鉛筆を走らせていた手が一瞬だけ、止まった。
「そうですか、どうも」
 貴方は、少し違うようですが。こぼしかけた本音を、肯定にしては弱く否定とは呼べない言葉で隠して、また鉛筆を走らせる。蝋燭、カーテン、校舎から椅子を二十脚。今年も青寮が聖誕祭で用意を任されたものは、去年と変わらない。
「当日の火は」
「巴がやってくれるよ」
「では、購入だけで良いのですね」
「うん」
 くるくると、細枝を指の間で回して遊ぶ。
「では、次の休みにでも用意しておきます」
「一緒にいこうか?」
「いえ、お気遣いなく。寮長は皆の元に残って、準備を指揮してやってください」
「そう、いつも悪いね。一人にしてしまって。仕事を交換したいときがあったら、言うんだよ」
「は……」
 ふと、返事をしかけてしまって、口を噤む。見上げれば彼は、水気を吸った枝より淡い色の髪を揺らして、どうしたと問うように首を傾げた。
 まるで、自分が言ったことの意味を、よく理解していないかのように。
 鉛筆をポケットに戻して、俺は当たり障りなく答えた。
「性分ですので、お気になさらず。皆と離れて一人で行動するのは、特に苦痛ではありません」
 ふ、と、彼は何も答えることなく笑った。憐れみか、馬鹿にされているのではと思わないわけではなかったが、そういう鼻にかけた笑いとはどちらかと言えば対極にあるものにも感じられて、俺は深く追及することを止めた。
 視線を落として、はたとその袖口に目が留まる。
「寮長」
「ん?」
「袖が、汚れそうです」
 小枝に含まれていた水分が解けだして、手のひらを伝い、袖の中へ落ちていこうとしていた。ああ、本当だ。礼を言って指でそれを拭い、ちょっと泥が混ざっているね、と笑う。
 彼はその枝を、とうとうどこへも置こうとはしなかった。
「要らないのであれば、捨ててきますが」
「愛着が湧いてきて。今捨てるのは寂しいな」
 落としそうで、落とさない。小枝は何度もその手を離れかけながら、宙に浮いては反対側を取られたりして、何度も何度も指先を汚していた。
「そうですか。引き留めて、失礼しました」
 聖誕祭の準備について書き記した紙を畳み、ポケットに押し込んで一礼する。蝋燭の買い出しの季節が、今年もやってきたのだと感じた。
 蝋燭を、一人で買いに行く。その仕事を「交換しようか」と言ったことの意味を、あの人は分かっていたのだろうか。
 即ち、自分が席を外すので、きみが残ってもいいのだと。
「……だから、嫌いなんだ」
 分かっているのか、いないのか。見れば細雪はいつのまにか、ほとんど雨に近い。
 あの人は、雨のような人だ。掴み所がなく透明で、無垢に見えて、そのくせ飲み込んで我が身の内をさらすのはなぜか恐ろしい。追いかければ自分も雨となり、地に落ちて自我という輪郭を失う気がしている。だから傍にいてはならない。近づきすぎるには、少々毒だ。
 一人でに降り注ぐ雨が、いつのまにか手首を濡らしている。雪が雨水に射られるように、膚に穴が開くような気がして、俺は反対の袖でその一滴を拭った。



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