U.ルクシオン


「ここで大人しくしていろ」
 長い廊下を何度か曲がって、通された先は黒い柱の並ぶ、縦に細長い部屋だった。愛想なく突き放されてよろめき、白と黒の市松模様の床に敷かれた黒い絨毯に膝をつく。天井はとても高い。まるでチェスの駒の一つにでもなってしまったような気分だ。
(何だろう、この部屋……)
 槍を持っていた男たちは私をそこに放り込むと、報告がどうだこうだと言いながらガチャガチャと音を立ててどこかへいなくなった。警備兵らしき人は二人、先ほどの人々よりは軽装だが、鎧を身につけてドアの両側に立っている。ドアは私が入ってきたところの他に、前にも一枚ついていた。そこには警備兵は立っておらず、ドア自体もいくらか質素な造りになっている。城内の人が出入りする専用だろうか。
 私の通ってきたドアは豪華というよりも、重々しかった。石でできていて厚く、何の物音も通しはしないという感じだ。槍の男たちもノックではなく、銀の房をつけた紐を引いていた。振り返ってみれば、ドアの内側に立つ警備兵の頭の上にベルがある。多分、あれと繋がっていたのだろう。
 さて。
 両手首を繋いだ見事な頑丈さの鎖を軽く引っ張って、どうしたものかと考える。廊下があまりに長かったおかげで、槍を突きつけられたショックは幾分か収まり、室内を見回すくらいの余裕は取り戻しつつあった。
 部屋は全体的にチェスボードをイメージしたような造りだが、広さと城の外観のわりには飾り気がない。そして、正面に一つ、大きな紫の椅子があった。その椅子だけが猫足にたっぷりとした背もたれを持ち、金の刺繍の施されたクッションなど置かれている。この部屋の中で異彩を放つ豪華さが、そこにだけ集結しているのだ。
 自分がその椅子に座ってはならないことくらいは、さすがに分かった。誰に注意されずとも、拘束されている身の上で座っていい椅子とそうでない椅子くらい、察しがつく。
 そうなると、ここには誰かがやってきて、座る可能性が高い。そしてその誰かというのは、こういう場合、大概はあの警備兵らしき槍の男たちを従えている、彼らよりも遥かに上の恐ろしい存在である。
(バッグ……、は、持っていかれちゃったんだっけ)
 そろりと視線を動かして携帯電話を探したが、それを入れたバッグは先ほど、捕らえられたときに持っていかれたままだ。荷物の確認をされているのかもしれない。嫌だな、と思ったが、同時にそれでこの状況が打破されてくれるのではないかという希望も浮かんで、私ははっとした。
 バッグの中には、怪しまれるべきものなど何も入っていない。それさえ確かめてもらえれば、もしかしたら自分の状況を話して理解を、運が良ければ協力を求めることができるかもしれない。
 ここは一体、どこなのか。
 自分は上野にいただけで、この城のことは何も知らないし、ここがどこなのかも分からないでいると信じてもらうことができれば、侵入者の疑いは晴れることだろう。枷を外して、可能ならここがどこなのか、現在地だけでも教えてほしい。
 自分の身に何があったのか、まだ混乱の只中にいるが、間違いなく先ほどまでとは違う場所にいる。それだけは、見渡しても地獄の門が見えなかった時点で確信していた。
「――から、――――では……」
「!」
 前のドアのほうから、微かに人の話し声が聞こえてきた。ガチャガチャと重そうな、あの金属の音も聞こえる。
「……ではないのか? 今日、面会にくる人間がいるとは聞いていないが……」
「ですから、侵入者が事前に申し出などするわけがないでしょう」
「ああ、そうか。なるほど」
「まったくもう、大丈夫ですか? 良いですか、しっかり尋問してくださいね。私はお傍におりますから、無理だと思ったら目で合図するんですよ!」
「ああ、頼りにしている。いつもすまないな。ありがとう、ゼン」
(……んんん……?)
 話し声が明瞭になるにつれて、私は首を傾げた。面会でも侵入でもないが、それ以上に会話のあり方そのものに疑問が向かってしまった。声は二人の男のものだったと思うのだが、力関係が何だか妙だったような気がしてならない。一人がもう一方に敬語を使っていた。だが、それにしてはぎゃんぎゃんと声を荒げているのも、その敬語のほうだったような気がしたのだが。
 声はその会話を最後に、聞こえなくなった。どこかへ歩いていってしまったのだろうかと、わけもなく室内を見回す。そのとき、がちゃりと音がして前のドアが開いた。
 慌てて姿勢を正そうと正面を向いて、絨毯にかしこまる。けれど、そんな緊張は一瞬で飛ばされてしまった。
 こつりと、黒い靴の先が市松模様の床を踏んで、その人が部屋の中に入ってきた瞬間。私は自分の状況もここがどこであるかということも忘れて、その姿に両目を大きく見開いて、釘づけになった。
 暗い銀色の、灰のような長い髪。
 深い紫のズボンと、それを足首近くまで覆うような黒のローブの上で、腰までは届きそうな髪をさらりと翻して、その人は私に視線を向けた。
(……ブルーベリーみたい)
 長い前髪の間から覗く一対の眸に、そう思った。紺色を少し混ぜたような、甘く暗い紫だった。


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