[.「ナハトのルクシオン」


 冥夜祭の後片付けはあっという間に終わり、またいつもの日常が戻ってきた。大広間は飾りつけをなくして広々と少し寂しく、テーブルは倉庫に、カーテンやクロスは箱の中に。空には相変わらず薄い光ながら、太陽が帰ってきて、私たちの生活をぼんやりと照らし出してくれる。昼が戻ってきたから、夜も帰ってきた。城は再び、大勢のメイドと兵士が働く仕事の賑わいを取り戻していた。

「お疲れ様です」
「お疲れ様です、また明日」
 夕食後の皿洗いが終わると、作業が済んだ人から挨拶をして厨房を後にする。あちこちで水気を拭き取られたばかりの皿が、篭ごと運ばれていく音がし始めた。
 私も最後の一枚を拭いて、いっぱいになった篭を持って食器棚へ向かう。大きな棚の中には一定の枚数ずつの皿を入れられた篭が、全部で五段、整然と並べられている。
 最後の篭の隣にぴたりとくっつけて自分の篭を置き、ハンカチで濡れた手を拭って、私もようやくふうと息をついた。洗濯や掃除が比較的のんびりした仕事であるのに対して、この皿洗いだけはとても忙しい。洗うほうにせよ、拭くほうにせよ、一人あたりの枚数が決められているのだ。洗い担当と拭き担当はそれぞれ、ローテーションでペアを組み、拭き担当は原則としてペアが洗った食器のみを拭く。
 そのため、洗う仕事に就いたときは、てきぱきやらないと拭き担当の人の帰りが遅くなってしまうし、拭く仕事に就いたときは、あまり気を抜いていると厨房に一人になってしまう。
 最初の頃は慣れなくて、よくテティさんに助けてもらったり、ペアの相手が見かねて手を貸してくれたりしていた。最近は一応、そんなこともなくなって、大体の人が終わる時間に一緒に終わることができる。成長したのだ、これでも。他のメイドたちの作業に、ついていけるようになった。
「お疲れ様です、マキさん」
 小さく伸びをして、帰ろうと思ったところを後ろから呼び止められる。私、と思って振り返ると、そこには厨房の清掃チェックの表を手にしたタリファさんが立っていた。
「お仕事は終わられましたか?」
「はい」
「ルク様が、少々お話をされたいと。ご用がなければ、私と来ていただけませんか」
 周囲がふわっと、花の咲くようにどよめいたのが分かった。見回せば、皆それとなく視線を逸らしたり口元を押さえたりしているが、微笑みが隠しきれていない。妙な気まずさを感じて、私は手近な顔見知りに「そんなんじゃないんだってば」とぼやくように言った。
 冥夜祭以来、どうやらちょっとした噂になってしまって、時々こうしてからかうような、見守るような目線を向けられる。あれは舞踏会が物珍しくて騒いでいた私のために、ルクが主催者として相手をしてくれただけだと思うのだが、周囲というのは予想以上に変わった出来事を楽しむものだ。
 私は知らなかったのだが、冥夜祭でルクがダンスフロアに出たのはずいぶんと久しぶりらしい。城内の人々にとっては、それだけでも十分、話題性があるようだ。
「分かった、今から行く」
 布巾を洗濯篭に放り込んで、温かい眼差しで見送るメイドさんたちの間をすり抜け、私はタリファさんの背中を押すように早足で外へ出た。こんなふうに急いで向かったら、中ではまた噂が広がっているのかなと思わないこともなかったが、ルクが人を使ってまで私を呼び出すのは珍しい。多分、それなりの用事があってのことだ。
 ドアを閉めるなり、では、と言ってタリファさんはすたすたと歩きだした。色々と考え事をしていたせいで、しばし先導されるままに歩いていってから、はたと気がつく。
「ねえ、タリファさん?」
「何でしょう」
「私、執務室だったら自分で行けるよ。タリファさん、忙しいでしょ。一人でも……」
「いえ。本日は、ルク様はもうお部屋のほうにいらっしゃいますので。ご案内いたします」
 振り返り、あっさりとそう言われて面食らった。
「部屋って、部屋?」
「はい。私室のほうにお戻りです」
「王様の部屋って、そんな普通に上がれるものなんだ……」
 信用されているのはありがたいが、こんな夜更けにメイドが一人、手ぶらで堂々と入っていっていいものなのか、少々気後れしてしまう。もちろん、呼ばれているのだから行かないよりは良いはずだけれど。
 タリファさんは、ルビーのような目を細めてかすかに微笑った。
「コーヒーを、お持ちしようかと思うのですが」
「え?」
「ルク様はよく、夜になると温かいものが飲みたいと仰いますので。いつもはノックをしてお部屋の前に置いておくのですが、マキさん、よろしければついでに持っていってくださいませんか」
 さすがだなあ、と思いながら、私はもちろんと頷いた。メイド長を務めるだけあって、タリファさんは城内の衛生面の管理だけでなく、こういった細やかな気配りを欠かすことがない。表情の少ない、つんとした印象の顔の下で、ルクのことや皆のことをたくさん知って、考えている。
 タリファさんは私の返事を聞くと、食堂はもう閉まっていますから、こちらの給湯室を使いましょう、と言って、黄色い明かりの灯された角を一つ曲がった。


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