第一幕


 十八年前、アレステア王国の王妃、フィリアが、ティモン王との間に一人の子を授かった。穏やかな初夏のことだった。
 代々王家に仕える占い師が三日三晩星を読み、導き出した答えは女児であるということであった。聡明で美しく、父に似た横顔の気高さと母に似た眸を持つ娘になる。その言葉はあっというまに、国中に知られる時の話題となった。男児でないことを嘆く者など一人もおらず、小国はその全土が喜びに満ち溢れた。
 生まれ来る王女を、誰もが待ちわびていた。ティモン王は日々、朝日と月にその温かな恵みをもたらしてくれるよう祈り、国民の多くがそれに倣って、数え歌を口々に歌いながら今日か明日かと指折り数えた。
 王妃は城のテラスに出てその様子を眺めては手を振り、そして微笑むのだ。貴女にも聞こえているのでしょうか、貴女を待つこの愛に溢れた声が、と。卵を抱く精霊のように、日ごとに膨らみを増してゆくその腹を、もう片方の手のひらでそっと撫でながら。

 そして雪解けを迎えた春の朝、ついにその日は訪れた。
三十人の女中が夜も明け切らぬうちからベッドを飛び出して、王妃を丁重に別室へと運び、出産の準備が始められた。ティモン王は正装に着替えて城の最上階へ上り、白み始める空へと祈り続けた。そして朝日が完全に昇りきって、町がにわかに活気づいてきた頃。一人の女中が螺旋階段を上り、彼を呼びに来た。
 死産だった。
 王妃の身の中で数時間前に動き出したはずのその子供は、外の世界を一目も見ることなく、誰の予想もつかない姿で生まれた。何よりも早い別れだった。喜びは悪魔の黒い手で捕らえられたようにみるみる枯れ果て、王妃は身を起こすこともままならずに、駆けつけた王の腕に縋って泣き叫んだ。その目を開けることのなかった娘と、同じ色とされたアイスブルーの眸で。
 王は言葉もなく、ただその涙と、無垢な白い絹に包まれた小さな赤子を見つめていることしかできなかった。出産を介助した女中たちは皆、枯れ草のようにその子供を囲んで呆然と立ち尽くしていた。

 ライラ・オル・アレステア。
 生を持たなかった王女はそう名を与えられ、深い悲しみのうちに葬送された。悲しみを紛らわすために語られる思い出の一つも、そこにない葬儀だった。黒い垂れ幕が下ろされたように、国は涙に暮れた。国民全員が一年間、色彩を忘れたように黒の衣服に身を包んで喪に服して過ごした。
 その中に、一人の少年がいた。
 少年――ハイエル・グラン――は一人、剣を手に空を見上げて考える。思い描くことのかなわない、その人について。声を交わすどころか、その目に映ることさえ、そしてこの目に映すことさえかなわなかったその王女について。
 彼の、生涯の伴侶となるはずだった、その人について。


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