一章 -クロベル-


「おかけください。今、飲み物を」
 橙がかった石の床に、木の椅子の足が擦れる音が響く。外観に逆らわない、質素な室内だった。ドアを開けて目と鼻の先に、四角い、この部屋の中に置くには少し大きめのテーブルがある。両側で四人、囲むように座れば六人くらいで使えるだろうが、椅子は四脚しか揃えられていない。
 セネリと名乗った少女に促されて、テオはそのうちの適当な一席に腰を下ろした。室内にはテーブルのほかに、小さな食器棚と電話台、雑誌やレシピを立てかけているふうの細い本棚がある。白木で揃えられた家具はそれくらいで、右手の壁はキッチンと、作業台らしきスペースになっていた。ドアから向かって奥に階段がある。左手にはドアのない別の部屋があったが、生成りのレースを垂らしてあって中は見えなくなっていた。
 寝室ではないだろうが、私室か、仕事のための部屋だろう。あまり不躾に見渡すのも気が引けるので、視線を再び、キッチンに立った少女の後ろ姿に戻す。
 麻のような色のエプロンの紐を背中で交差させ、浅葱のワンピースの腰の辺りで緩く結んでいた。観光地区の商店で見かける同年代の少女たちより、やや古風な印象を受ける。足首の後ろでリボンを結ぶタイプの、昔ながらの靴を履いていた。しかし踵の汚れていないところや紺色の鮮やかなところを見ると、さほど昔に買ったものでもないだろうと思われる。
 まるで薬売りか何かみたいだ。
 テオがそう思ったことの最も大きな理由は、彼女がその腰に巻いているベルトだった。革をきっちりと編んで作られたような女性物のデザインだが、少女の服装には些か不釣合いに幅があって重々しい。彼女はそこに、葡萄の房のようにいくつものガラス瓶を吊り下げていた。中には実に様々な色の液体が入っていて、少女が動くたび、涼しげにぶつかり合いながら色を揺らす。瓶同士は互いの口の下のくびれを麻の紐で括りあって、簡単には外れないようにされているようだった。コルクの蓋が生地の厚いエプロンの上で、焼きたてのクッキーのように並んでいる。
「どうぞ」
 ことりと、テーブルの上にティーカップが置かれた。クロベルとサシェのハーブティーに、レモンを搾ったものです。少々慣れない香りに鼻を近づけたのを見られたのか、少女はガラス製の透き通ったポットも一緒に出しながら言った。サシェの花は料理にもよく使われるので聞き覚えがあったが、クロベルについてはよく分からない。きっとハーブの一種なのだろうと思うことにして、持ち手の細いティーカップに口をつける。
 仄かにレモンの酸味の効いた、爽やかな飲み口だった。ミルクを必須とするような紅茶があまり得意ではないので、このもてなしは有り難い。
「いい茶だね。もしかして、自分で?」
 喉が渇いていたせいもあり、カップを半分ほど飲み干してからテオはそうたずねた。向かいの席に座った少女は、はい、と頷く。今は彼女の背になったキッチンに、レモンが数個、転がしてあるのが見えた。まだ熱いガラスのポットから立ち昇る濃いハーブの香りに、やっぱり、とテオは辺りを見回す。


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