一章 -クロベル-


 室内には至るところに、ハーブや花の束が積み上げられていた。花といっても、バラや百合の類はまったく見えない。鮮やかな青紫の、ひらひらと透明感のある見慣れない花や、大きなスズランのような一風変わったもの。さらには枝についたままの銀木犀や合歓の花、乾燥させた植物の種と思われるものを詰めた袋など、作業台には到底ふつうの花屋で買ったわけではなさそうなものまで置いてある。ドライオレンジが篭に溢れているのが見えた。バニラエッセンスの小瓶と並んで、そこだけカフェのような趣を放つ。
「すみません、散らかっていて」
「ん? ああ、別にそう思って見てたわけじゃないんだ。ずいぶん色んなものが揃っていると思って」
「……風の調合で、使います。すべて使い切るわけではないので、中には料理になるものもありますが」
 植物もこれだけ一堂に会すと圧巻だ。ドアを潜った瞬間は何事かと思うほど濃密に感じた空気の香りにも、段々と慣れてくる。物珍しさに、少し見回しすぎたようだ。少女から先に本題を匂わす言葉が出たところで、テオもハーブティーを一口飲んで、依頼の話を切り出した。
「その、風の調合のことで依頼を預かってきたんだ。三日後の二十四日に、強い南風の予報が出されている。午後一時から三時までの二時間だけ、それを和らげてもらうっていうのは可能?」
 風を操作することに関して、町からの許可証は下りている。許可の文句を模様のように彫った、一つの大きな判を押した書類だ。二枚目に許可を下した者の名前や、申請の内容など、細かなことが書き連ねてある。頭の痛くなりそうな、文字の詰まり具合だ。少女はそれを受け取ってしばしじっと眺めていたが、ほどなくして読み終えた。役場の書類を見慣れている様子に、倍は待つ気で臨んでいたテオは、彼女が書類を整えるのを見て瞬きをした。
「申請の理由を、教えていただけませんか」
 テーブルの端のペン立てから、インクとペンを取って、少女がたずねる。書類に不備があったのかと覗き込んだテオに、彼女はそうではないと手振りで制した。
「許可証に問題はありません。これは、任意の調査です」
「任意?」
「……大陸内の風の調合士が、大体どういった内容で、どういった作業を求められているかを記録しておくための。今後の依頼のための、データになります」
 テオはああと納得した。カーゴパンツのポケットを漁って、カードケースを取り出す。中には身分証明が入っている。中等飛行艇士の免許証だ。
「オレは教官の使いで来たから、そっちの許可証の依頼人名とは、たぶん名前が違うと思うけど。ウェストノール飛行艇士管理所所属の、中等飛行艇士をやってる」
「先ほど、お名前をテオさんと」
 代理人名に、あなたの名前があるようです。セネリの言葉に、テオは教官が初めから自分を使いにやるつもりだったことを知った。相変わらず人使いが荒い。溜息をついたが、飛行艇を飛ばして使いに出るのが実のところ嫌いではないのも本心だ。訓練と仕事以外で目的地を持って飛べるのは、ちょっとした旅に発つような楽しさがある。


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