三章 -レモンタルト-


 テオが厚い木の枠組みのある窓を開けると、あれほど濃く溜まっていたアモーチスの香りはみるみる抜けていった。珊瑚色の不透明な風のもとをガラス瓶へ移し、コルクで蓋をする。セネリは鍋に残したわずかな分量を、綺麗に伸ばした純白のシルクへかけた。珊瑚色はシルクのすべてを染めるには至らず、中ほどまで広がって止まる。織り込まれたサシェの根があっという間にそれを吸収して、一滴も漏らすことなく布に留めた。
 そのシルクを、ぱんっとセネリが短く、勢いよく翻す。
「これは……?」
 窓の外からすぐに少し強めの風が吹き込んできて、部屋の中を駆け抜けた。とても柔らかい。まだぼんやりと熱を持った珊瑚色をそのまま風にしたような、まさにそんな吹き心地だった。風が抜けていった後を追うように、丘を思わせる香りが走る。それはマウルベリーの根やトクリの葉と馴染み、水分を失って、淡く優しく変貌したアモーチスの花の香りだった。
「春風、です」
 季節はずれの。純白に戻ったシルクを抱え、セネリは成功を喜ぶようにそう笑った。積み上げられたトクリの葉とわずかに残ったアモーチスの花が、その背後の作業台で自然に吹き込んだ風に揺られている。
「おめでとう」
 片手を挙げてみると、気づいたように高さを合わせた。植物をいじるせいで傷がついているが、細い指だ。笑い合って手のひらを打ち鳴らしながら、その一瞬にテオは思った。セネリは慣れないハイタッチの後味が少し恥ずかしいらしく、依頼の話に移ろうと、いそいそとレモンタルトをオーブンから出しにいく。
 青磁、珊瑚、藤鼠、白藍。ベルトに下げられた彩り豊かな瓶が夏の日を浴び、カランと音を立てて、石の床に万華鏡のような影を落とした。花のように丸く結びつきあって、紺色の踵の傍で揺れ動く。


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