\.未来への約束


 ―――ここは、どこだろうか。
 眩しさが収まって目を開けたとき、マリアは知らない場所に立っていた。どこか、まるで森の中のように薄暗いが澄んだ空気に満ちている。木は見えないが、足元には地面があった。
 「……」
 手にしていたはずのノートがない。どうしただろうかと考えて、マリアは冷静になって目を開ける前の記憶を辿った。ノートに、ある可能性を賭けて天球儀へ翳したのだ。それからすぐに光のリングが現れて、気がついたらここへ立っていた。
 ということはつまり、ここへは天球儀の何らかの反応によって飛ばされてきた可能性が高い。ノートがないのは、おそらくあれが現実の世界に取り残されているせいだろう。現実の世界、だなんて真面目に口にするには抵抗の抜け切らない響きだが、こんな場所が現実にあるとは到底思えなかった。霧が満ちて、どこまで先が続いているのか見えない場所。周囲を見回してみると何もないのに、なぜか進むべき方向が分かる。
 「……あれ、お客様ですか?」
 「え?」
 その感覚に従って一歩、足を前へ出したときだった。一人きりだと思っていた空間の中で、話しかけてくる声があったのは。驚いて振り返り、マリアはさらに目を丸くした。そこに立っていたのは、紛れもなく先ほどまでテーブルで眠っていた彼だったのだ。
「ジル!?どうして……」
「え、僕の名前をご存知でしたか?」
「え?」
「すみません、どこかで……?」
だが、咄嗟にその胸へ掴みかかるようにして顔を見上げれば、彼はあからさまに狼狽して申し訳なさそうに眉を寄せた。おかしい。会話があまりにも噛み合っていないことに気づいて、そういえば敬語だということにも思い当たる。彼とはもう何ヶ月も、お互いに敬語で話していない。これではまるで。
 「ねえ、あなた……」
 まるで、最初に会ったときのようではないか、と。思わずそんな言葉が口をついて出そうになったとき、そのジルがふっと、霧のように消えた。驚いたマリアだったが、辺りを見回してももう彼の姿はない。ここは一体、何の空間なのだろうか。
 仕方なく慎重に足を進めていると、今度は少し歩いたところで人が倒れていた。薄金色の髪、背格好。間違いなくジルだ。そしてマリアはその光景に、既視感があった。
「……」
―――中二階で、眠っている彼を見つけたとき。あのときの感覚と、とてもよく似ている。マリアはそっと屈んで、その髪に指を通してみた。するとそれまで何の気配もなく眠っていた目蓋が、ふいに震えて開かれる。
「貴女、は」
「……ええ。マリアよ」
「マリア……?」
「そう」
あのときと、同じだ。だが話しかけてみると、彼はぼんやりとしていながらもマリアの名を繰り返した。髪に触れていた手を離して、そっと囁く。
「これから先のあなたと、何度も何度も出会う人」
すると彼は少し驚いたような顔をしてから、そうか、と呟いてセピア色の眸を細めた。その幼げな笑みに、どこか確信めいたものが胸の内で広がる。


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