X.星満ちて、夜


 その日の晩、マリアは約束どおり裏の階段を伝って家を抜け出した。夕食が終わってすぐのこの時間は、父は明日の仕入れの確認に、母は今日の売り上げの確認に忙しくなるので、一時間くらいリビングへ降りていかなくても気を留められる可能性が低い。本当はどこか、買い物にでも行くと言えれば良かったのだが、カリヨンの商店街には遅くまで営業している店が少ない上、ましてマリアのような若い娘が長時間見て回るほどの店など、考えてみたところで一軒も思い当たらなかったのである。
 所々錆の目立つようになってきた手すりを握って、マリアは靴箱の奥から持ってきたブーツを履いて階段を下りた。革靴は日頃と同じように、きちんと揃えて玄関に並べてある。音を立てずに降り立ったところで家を振り返って、心の中で罪悪感を詫びたが、すぐに背を向けて走り出した。商店街の端に立つ時計をちらと見上げる。時刻はもう八時を回ろうとしていた。少し急いだほうがよさそうだ。
 角を曲がり、奥の道へと入る。と、すぐに古書屋の前で、カンテラを提げた人物がいることに気づいた。
「ジル!」
微かな光ではあるが、持ち主の顔辺りまでは照らしてくれていた。マリアの声に顔を上げた彼が、空いた片手を振って応える。
 「ごめんなさい、待たせた?」
 「いいや、時間丁度くらいだよ。家は大丈夫?」
 「……抜け出してきちゃった」
 「そうか、じゃあばれないうちに戻らないといけないな。入って」
 ドアを開けたジルに続いて店へ入り、マリアはようやく安堵したようにため息をつく。道すがら、知り合いにでも会わないかとずっと鼓動が速かった。客を寄せ付けない原因の一つだとも思っていた不透明なドアが、今はありがたい。背後のテーブルで、カンテラを置く音がした。
「すぐに始めるかい?……それとも、何か訊きたいことは」
「ないわ。ううん、見てから考える」
何を、とは言われなくとも分かる。少し笑って答えたマリアにつられたように彼も笑い、それもそうか、とテーブルの隅に置かれた箱から何かを出した。
 「それじゃあ、さっそく」
 「うん」
 「星を、返そう」
 中二階から、話を分かっているかのようにノアが下りてきて静かに座る。マリアは彼が手の中に持ってきた三つの星を確認すると、これから目にする光景に、期待と緊張を合わせた眼差しでしっかりと頷いた。


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