「それってつまりは、どういう感情なんだ」
ざわざわと人の流れの激しい往来を臨む席に座って、無遠慮に靴底でガラス窓をなぞり、彼は言った。ゴムの擦れる音が耳に障って、思わず眉を顰める。いらっしゃいませ、と店員の声に続いて、たった今ガラス越しを歩いていったと思った女性たちが来店した。
「分からないかな。なんていうかさ、物足りないわけ」
「へえ」
「パステルピンクと毒々しい水玉模様の違いって言ったらいいのかな。どっちも嫌いじゃないし、眺めている分にはパステルピンクも好きかなって思うんだけど、自分が染まるには物足りないの」
「相変わらず中学生みたいなことばっかり考えるのな」
「パステルピンクの女と水玉模様のショッキングピンク・レディーがいたらどっちが好き?」
「パステルピンク」
「やっぱり」
「七割はそう答えるんじゃないか。いや、八割かな」
「女々しいなあ。もっと攻撃的になればいいのに」
「お前はもっと落ち着くべきだろうな」
「落ち着いてはいるよ」
「ああ、まあ、冷静ではある。だから余計に理解できない」
「そう?」
「なんでわざわざ、生きにくいほうに向かっていくんだ。無難にしておけばそれなりに可愛いんだし、いや、見た目だけなら何人かは騙せるくらいだろ」
「それじゃあ意味がないんだって」
カラカラと、アイスコーヒーの中で解けた氷がぶつかり合う。ストローで鳴らして濡れた指を、少しきつく噛んで舐めた。
「可愛いだけで騙したっていいことなんて何もないよ。もちろん可愛いと思われたいけど、私はあくまで可愛く、小狡く、ぶくぶくに誑かされてほしいの」
「つくづく面倒な生き方してると思うよ、お前。でもまあ、言いたいことは分からなくはないかな」
「本当?」
「まあ。完璧にならずに、完成したい。ようはあれだろ?」
毒いりショートケーキ
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