『とんでもねえこと、やってくれたなァ』
 それが父の僕に言った、ただ一言だった。電話番号も住所もない、紙一枚の地図を手に向日葵畑を歩く。金色に咲き誇る花々は一輪とて手入れなどされておらず、野生の群れの甘く荒々しい香りをさせて、平野を埋め尽くしていた。
『奥に古い民家があるはずだから。南に井戸がある。涸れてたら裏山へいけ。離れは風呂だ、薪は自分で何とかするんだぞ。大概は山に頼んなさい。足りないなんてことを起こすなよ。その子の足を失くしたくなけりゃ』
 父の言葉が脳裏にひたりと、濡れた紙のように張りついていた。
「じろ、ここどこ」
「あ、起きた?」
 背中で寝息を立てていた小さな体がもぞもぞと動く。髪がうなじをくすぐった。四季と共に移ろう、今は緑の髪。
 伸び上がって、きょときょとと少女は辺りを見回している。
『土地神さまの依代を拐うとはね。もう半分、木みたいなモンだ。生きても、死んでも先は暗いぞ』
 蝉の声が反響する。照り返す向日葵の金色が、汗ひとつ忘れた僕の幼馴染みの指を染めている。
『それでも、いいんだよ』
 答えた自分の声を思い出し、僕はただ一言、ここに住むのだと返した。彼女は何も言わない。時の止まった幼い体の中で、目だけが僕より大人びて、やがて再び背中に顔を埋めて、そう、と言った。
 枯れかけた向日葵の彼方に、屋根はまだ見えてこない。地図を見返すこともせず、日差しの下を僕たちは、小さな藁の屑のように燃え尽きそうになりながら歩いた。じりじりと肌を焼く光の視線に、空を見る。
「あのね、じろちゃん」
「なに?」
「……久しぶりだね」
 行き着く先がもしもないなら、どうか僕のたったひとつ、守れなかった秘密を跡形もなく焼いてくれ。




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