魔術師の指先はいつも真っ黒で、僕にはそれがとても眩しかった。どうして黒の手袋なんてしているのかと訊いたら、秘密を一つでもたくさん抱え込むためさ、と。なんだか言葉と裏腹に満たされた笑みでその人が言うから、僕も幼心に思ったものだ。一人前になる日がきたら、夜色の手袋をつけようと。
 彼はとにかくその手袋を外すことがなくて、僕は四六時中傍にいながらその指を直接見たことがなかった。それを特に不満に思うこともなかったが、あるとき、彼がそれを外すのを見ることになる。流行病に侵された、彼の若い恋人の花葬の場面であった。
 朝から一言も口を開かなかった彼は人形のように静かに眠る恋人へ近づき、するりと両手の手袋を外して、花を手向けたのだ。たったそれだけの一瞬が、僕には恒久に思えた。日に当たることのない白い手が、柔らかに恋人の頬を辿り、諦観したように微笑んで自らの涙を一度だけ拭うのを見たとき、僕の内側はあらゆる言葉や思考が停止したように乱れ、それでいて底のない静寂に呑まれた。

 あれからもう五年が経つ。僕は独立し、魔術師として生計を立てられるようになってきた。それが一年ほど前の話だろうか。黒い手袋はもちろん、毎日かかさずつけている。僕の師がそうであったように。
 彼は、常々こう言っていた。秘めていられるものがあるうちは、幸せで脆弱なのだ、と。僕が彼の手を見たのは、結局あれが最初で最後である。彼は翌日にはまたいつものように、黒い手袋をして笑っていた。その姿を思い出すたび、元気でいるだろうかと懐かしむ気持ちの他に、もう一つ思うことがある。いつかは僕も、あんなふうに笑うのだろうか、という漠然としたこと。今はまだ秘密などろくに持っていない僕にも、いつか幸福なそれを抱えるときがくるのだろう。そのとき、僕ははたしてそれをこの手に隠して、彼のように佇み続けられるのだろうか。脆弱なままで。


夜かがりの指




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