“それ”は世に言うイレギュラーな存在であり、運命の間違いか、ねじ曲がりに近かった。生まれたときから、否、生まれ方に於いても“それ”は果てしなく似通ったはずの12の仲間と異なり、ある少年の気紛れな「何者でもない何かに名を与えたい」衝動が、偶然にも世界を漂流していた「何か」とぶつかって結びついた。その結果であった。
 少年はその場を歩き去ったが、そこには確かに何かが生まれていた。“それ”はやがて自我を持ち始め、名を与えられたことで世界は存在を受け入れる。蝋が溶けて垂れるように、“それ”は人型をとり、“彼”となった。べとりとした唇に形作ったばかりの自らの指を突っ込み、躊躇なく横へ引く。少々歪ながら、笑みが漏れた。右の端を気持ち、開きすぎたかもしれない。水溜まりに映る自分の唇は、左より右が吊り上がっている。

「事情は大方聞かせてもらった。生まれたものは仕方がない」
 がり、がり。“それ”は宝石を齧る。骨ばった手で青や赤の塊を掴み、尖った歯で噛み砕く。座る椅子は細身で背中が高く、同じような椅子が12脚、細く長いテーブルの両側を囲んでいた。“それ”はテーブルの短い面、左右を取り巻かれるように座らされている。他の椅子には12の形無き仲間がいたが、彼のように明確な姿を取っている者は誰一人いなかった。
 時計回りに数えて“それ”から最も離れた場所の椅子から、重々しい声が響く。
「お前を、この“在るべきものたちのテーブル”に招こう。規律に含み、規律で含み、お前の存在が再び消える日まで」
「……」
「さあ、契約書だ。今一度、名を」
 目の前に、夥しい呪文の刻まれた契約書が流れ着く。がり、がり。宝石を齧っていた歯をぴたりと止め、“それ”は静かに、右端を上げて嗤った。
「―――“13月”。食えよ、オレの名前だ」
 呪文の一文が紙から溢れかえるように膨張し、“それ”の吐いた言葉を呑み込む。インクの収縮が収まれば、契約書にその名が記されていた。見つめる眸が、狂気を含んだ喜びに彩られる。
 それはこれまでもそこに存在していて、名を与えられて椅子を得たが、いつまで在るのかは誰にも分からない。在るべきものがなく、ないものが在る。当たり前と特別がでたらめに入り混じる、アンノウンが支配する、幻のひと月。それそのものなのだ。




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