夜、枕元に花を置くなら何がいいか。久方ぶりに顔を合わせた三人の友人でそんな話題が持ち上がったのは、うちの一人であるカオリが、近頃眠りが浅いと愚痴をこぼしたところからだった。
「ラベンダーがいいんじゃないかしら」
ミドリが思いついたように明るく言う。
「私もそう思うわ」
サユリがまるで初めからその言葉を知っていたかのように、すんなりと頷く。
「二人が言うなら、そうなのかしら」
旧友二人の提案に、話題を持ち出したカオリもそれを自然と飲み干した。カラカラと、アイスティーの中の氷が解けかかって擦れた音がする。薄まってしまう、とうちの一人がストローに口をつけたとき、他の二人も同じように、よく似た淡い色の唇で細いストローを挟んでいた。
 学生時代に同じクラスで日々を過ごした彼女らは、服装の趣味や密かな好み、食べ物の好き嫌いから将来の夢に至るまでぴたりとよく揃って、喧嘩はおろか意見の食い違うようなことさえ一度たりともなかった。当然三人はいつも一緒であったし、その関係は崩れることなど不可能なように思えたのだが、しかし高校を卒業してから後、顔を合わせることは自然となくなってしまっていた。理由はこれといって見当たらない。ただ大学に進学するとほぼ同時期に、三人はふっと、まるでそれぞれと共に過ごした期間など存在しなかったかのように誰からともなく連絡を取り合うことがなくなっていったのだ。自然消滅、という言葉がよく似合って、けれどもそれはとても不思議な感覚だった。いつの間にか疎遠になった相手というのは、ふとした瞬間に思い出されて、今頃どうしているかなと時々思うものである。しかし彼女らは誰一人として、他の二人を思い出すことなくこの数年間を過ごしてきた。そしてさらに、過去の親密さを思えばそれがいかに不自然であるか一目瞭然であるのに、こうして集まっても誰からもその話は持ち出されることがない。彼女らは、一人一人が知っていた。この中で誰一人として、それを不自然だなどと感じてはいないことを。知っていることにさえ気がつかないほど、それは生まれたときから呼吸をするかのように知っていたのだ。
 「そういえばね、私、もう一人寝つきの悪そうな人を知っているの」
 ガムシロップの溶け込んだアイスティーを飲んで、カオリは言った。
「険しい顔で眠るのよ。怖いくらい」
眉間に皴を寄せて、悪夢に苛まれるような表情をしてみせた彼女にミドリは言う。
「じゃあ、彼の枕元にも飾ってあげるべきよ。きっとゆっくり眠ってくれると思うわ」
「そうね、ラベンダーって良い香りだし。ああ、でも男の人って嫌いかしら」
「そういえば、知らないわ。でも彼、きっと教えてくれないからいいの。勝手に置いてみるもの」
サユリの言葉にカオリはそう言って、バッグの中から財布を取り出した。他の二人も財布を出し、それぞれにコインの側を開けていくらか出す。
「ねえ、それじゃあラベンダーを買いに行きましょう」
「そうね。きっと彼も喜ぶでしょうし」
「ああ、そうだわ。でもね、そういえば私」
「ええ」
「彼とはお別れしたんだったわ」
 芥子色のスカートを翻して出口へ歩きながら、特に変化もない顔でカオリは言った。喫茶店は新たに入ってきた客の声と音楽が混じり合い、そんな彼女の声を掻き消す。後ろを歩いていたミドリとサユリは、驚いた様子もなく口々に言った。
「ええ、知っていたわ」
「ついこの間ね。いい人だったけれど」
「少し浮気性だったのよね」
息継ぎの間を埋めるように交互に話した彼女らに、カオリは当たり前の様子で頷いた。会計には若い青年が立っている。彼は彼女らを見て、愛想のいい笑みで言った。
「アイスティーひとつ。お一人様で四二○円です」
焦げ茶色のトレーに、小銭が出される。誰の手からともつかないそれを、彼女らは訝しむこともなく店を出た。
 午後の道路は照り返す初夏の光に照らされて、ちらちらと眩しく光っている。ぴたりと高さの揃った視線を合わせあい、彼女らは言った。
「おかえりなさい、私」
「ただいま、あなた」
「またしばらく、皆で仲良くしましょうね」



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