シェリオリオ

 世界の内緒話を集めたような、特別なものを君に贈るにはどうしたらいいだろう。ショーウィンドウに輝く宝石は眩しすぎて手が届かないし、上手に渡せる自信もない。君がドレスを纏ってくれても、誘えるダンスが見つからない。林檎のパイは作れないし、僕にはうたえる歌もない。
「何かお困り?」
 風船のように白いため息を零した僕に、カシオペヤ座が言った。
「贈り物を探しているんだ。ほんの少し特別で、花束みたいになくならないものを」
僕が答えると、カシオペヤ座はそれって例えばどんなものかしら、と呟いた。それが分からないから迷っているのだ、と僕は言う。
「ネックレスなんてどう」
「僕にはそんなの買えないよ」
「買うんじゃなくて、作るのよ」
「作る?」
カシオペヤ座の提案に、顔を上げる。彼女はええそう、と言って、楽しいことを思いついたように続けた。
「今からでも間に合うわ。この世界のたくさんのものと話して、皆に小さなものを分けてもらうの。それを一つに纏めて、あなたがネックレスを作るのよ」
「僕が、ネックレスを……」
「ほんの少し特別で、花束みたいになくならないもの。こういうのは駄目かしら」
僕はカシオペヤ座の言ったことを、想像してみた。世界の内緒話を集めたような、小さなものをたくさん集めて、ネックレスにする。考えただけで、夢のように君に似合う、と思った。けれど、僕には考えるところまでしかできないのではないだろうか。
「最高だと思うけれど、無理だよ。彫金なんてできないもの」
「え?」
「集めたものを一つに纏められなくちゃ、チェーンに通すこともできない。僕にはその小さなものを詰め込む、土台を作ることができないと思うんだ」
残念に思いながらも、正直にそう打ち明けた。頭の中にはもう、ネックレスを贈るところを想像していたけれど、それも打ち消してしまおう。だが、そう思って下を向いた僕に、ぺガスス座が言った。
「そういうことなら、私がその土台をきみに分けてあげよう」
「どういうこと?」
「こういうことさ」
途端、僕の足元にあった湖がふわりと銀色に輝いた。よく見るとそれは四角く、徐々に浮き上がってくる。水面に映った、ぺガスス座の四角形だった。大きかったそれは水を切りながらこちらへやってくると、手のひらに収まる小さな四角い額縁になって、僕の目の前で止まった。
「見た目は銀、成分は星の影さ。こんなものは、嫌いかな?」
「まさか。見た目は素敵だし、本当はもっと素敵だよ。僕が使っていいの?」
「もちろん。贈り物にはまだまだなっていないけれど、これできっと作れるだろう」
ぺガスス座はそう言って、僕にその額縁を受け取るよう促した。ゆっくりと、目の前の銀色に手を伸ばす。握ってみればひやりと冷たく、それは浮力をなくして手のひらで輝いた。
「さすがぺガスス。でもそれだけじゃ、まだ作るのは難しそうよ」
「カシオペヤ」
「世界の内緒話を閉じ込める、夜空をそこに貼りつけましょう。そうすればきっと、彫金なんてできなくてもアクセサリーが作れるわ」
カシオペヤ座がそう言うと、僕の頭上に垂れ幕のような厚い夜空が降りてきた。心なしか近くなった声が、これで届くかしらと僕を覆ってしまわないように確認する。
「平気?穴が開いたりしない?」
「これくらいの穴、明日には塞がるわ。鋏は持ってる?」
「ごめん、ない」
ポケットを漁って答えれば、カシオペヤ座もそうね、そう都合よく持ってはいないわよね、と笑って誰かを探すように瞬いた。
「ああ、いた。ねえペルセウス、この子に剣を貸してあげてくれない?」
「構わないとも。使えるか」
「やってみる」
僕が答えると、垂れ下がった夜空から真っ直ぐに剣が降りてきた。柄の部分を握って引き抜き、夜空の一箇所に切っ先を入れてみる。剣は重かったが、ペルセウス座が空の向こうから手を貸してくれたので、何とか四角く切り取ることができた。落ちてきた夜空の欠片を、手のひらで受け止める。
「ありがとう」
「ああ」
礼を言って返すと、剣はまた夜空に吸い込まれていった。僕は手のひらを広げて、そこに集まった額縁と夜空を見る。夜空は肌に馴染む温度をしていて、硬く、藍色をした水晶のように透明だった。小さな星々の散らした煌きが、奥に閉じ込められてちらちらと瞬いている。ペルセウス座がその片側を、平たく切り落としてくれた。
「これでその土台に、ぴったり合うはずよ」
「うん、本当だ。皆、本当にありがとう」
「あら、まだ私にお礼を言うのは気が早いわ」
夜空のネックレスが、出来上がった。それを大切に握り締めた僕を、カシオペヤ座が引き止めた。
「最初の話を、忘れたの?あなたにあげた夜空の欠片は、小さいけれど宇宙だから、色々なものを飲み込めるわ。彼女に贈りたいものを、もっともっとたくさん集めたらいいじゃない」
「カシオペヤ……」
「例えば、こんなものとかね。最初の一つは私からあげる、使うも使わないも、あなたの自由よ」
カシオペヤ座はそう言うと、一瞬強く瞬いた。光は湖に映った彼女からも放たれて、僕はその眩しさに、思わず目を瞑ったのだ。そうしてもう一度開いたときには、目の前に小さな、金色の鍵が浮かんでいた。
「これは?」
「ラコニアの鍵っていうの。藍色の中に沈めたら、きっと素敵」
夜空が、少しずつ上へ戻っていく。僕はその鍵に手を伸ばして、その装飾の行き届いた美しさにしばし見取れてから、それをそっと反対の手にある夜空のネックレスへ近づけてみた。すると、何かに惹かれるように鍵は自然と夜空の中へ入り込み、するすると小さくなって、その右肩に収まった。
 揺すってみても、逆さにしても零れてはこない。指で触れれば表面は硬いのに、確かにその奥に、僕の沈めた鍵があった。金色が、ちかりと光っている。それを見た瞬間、僕には思わず笑顔が浮かんでいた。
「カシオペヤ、皆、本当にありがとう。きっと、いいネックレスにするよ」
僕の言葉に、空の星々もどういたしましてと答える。ずっと探していたものは、これだったのだと思った。ほんの少し、見た目には分からないけれど本当はとても特別で、枯れたり溶けたりなくなってしまわないもの。特別な日の贈り物に、丁度いい。
 世界の内緒話を集めたような、特別なものを君に贈る。僕はもう一度夜空に礼を言って、湖の傍を後にした。駆け足のワルツのように逸る鼓動を、休めるつもりもないまま考える。夜空と、星と金色の鍵と。他には何を詰め込もうか。考えれば考えるほど、この世界には君に似合うものがたくさんある。夜が明けるまでに、選んで見つけて、一体何を集めよう。
 迷いながら歩いている僕の前に、野薔薇の行列が通りかかった。
「ご機嫌麗しゅう、こんな時間に一体何をしているの?」
「ネックレスの中身を探しているんだ」
「ネックレス?」
立ち止まった野薔薇たちに、僕は事の経緯を説明した。すると野薔薇たちは何か思い当たるものがあったようで、口々にそれならばと言っては、頷き合う。やがて最初に話しかけてきた一輪が、誇らしげに言った。
「一番綺麗に綻びかけた、蕾を一ついかがかしら」
「いいの?」
「ええ、もし良かったら。夜空の中なら枯れないし、ずっと綺麗に咲いているはずよ」
野薔薇たちはそう言って、蕾を一つと葉を一枚、僕に手渡した。
「ありがとう」
「ええ、どういたしまして」
その蕾が夜空に吸い込まれていく様子を、興味深げに眺める。僕も藍色の奥に沈んでいく薄紅の蕾を見つめて、彼女たちに礼を言った。
 家に戻っては外に出て、外を歩いては家へ戻って。僕はそうして、たくさんのものを夜空の中に詰めていった。真っ白な金平糖、水を入れたガラス瓶の煌き。鏡に映した時計台の文字盤と、そこに住んでいる鳥の影。異国の切手と文字が並んだリボン、葡萄と蔓草、ティーカップの陰にこっそりメッセージを書き込んだカードと詩集。小さくなるからきっと見えなくなってしまうし、それでいい。貝殻で作られた魚は、シャボン玉と地球儀の泡を夜空に吐いて進む。その向こうに微かに見えるのは、絵本から映し出した人魚のしなやかな尾。
 思いつく限りすべてのものを、手のひらの夜空に詰め込んだ。そして最後に僕が向かったのは、このネックレス作りの最初に訪れた、あの湖だった。夜はいつの間にか明けだして、空にはもう星もない。代わりに、まだ眠りの中にあるが太陽が現れ始めていた。僕は湖に近づいて、その水面を見下ろす。想像した通りだ。
 そこには、太陽から零れた光の、点線のような反射が浮かんでいた。きらきらと、銀色に輝くそれは一直線に並んで揺れている。僕は最後にその光を夜空で引き寄せ、ネックレスの中ではなく上に通した。世界でたった一本の、朝の光で作られたチェーンの完成だ。
 出来上がったネックレスを、手首にかけて眺めてみる。贈り物は見つかった。初めから、この世界に溢れていたのだから。後はこれを、僕の知る限り世界で一番似合う人に、勇気を出して渡すだけである。
 ネックレスは完成したのに、逸る鼓動がまだ踊っていた。今日は、君の誕生日。おめでとうの言葉を一つ添えて、世界の内緒話を集めたような、特別なものを君に贈る。


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Dear Miya
10/18 Happy birthday!


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