第八章


 朝一番で入る図書館は窓が閉め切られているせいか、紙とわずかな埃の匂いがより一層濃く感じられる。錆びかかった鍵をぎいと回して窓を開けると、清々しい空気が流れ込んできてそれを薄めた。
 手を伸ばして、私は今日も“レヴァス”を取り出す。あれから一週間。私は今まで昼休みや放課後に図書館へ来ていたのを止め、代わりに朝早く来て解読を進めるようになった。そこで辞書や資料集など必要な本を借りておき、授業の空き時間は基本的に食堂で、ノートに書き写した暗号を読み解く作業に当てる。そうして極力、図書館へ来る回数を減らしているのだ。
「……」
レトー先生とは、あれ以来一度も顔を合わせていない。もっともこちらが意図的に避けているのだ。一ヶ月、毎日のように顔を合わせて過ごしたおかげで、彼が授業を行っていて来られない時間帯というのも大体把握してしまっている。逆に、必ず空いている時間というのも知っている。それだけの情報さえあれば、この広い学院内で一人の人間を避けることは、それほど難しいことでもなかった。
(……あ、これも違う)
人のいない図書館で、私は黙々と作業を続ける。二人でやっていたときは解読を間違えるとすぐに彼が訂正してくれたものだが、今ではそうはいかない。なので朝に書き写して休み時間を使って訳した文章が、次の文と合わせたら全く繋がらなかった、などということも多々ある。その度、辞書を片手に調べては訳し直す。古代言語の辞典の扱いにも、ずいぶんと慣れてきた。このペースなら、今日は次の章に入れるだろう。一人声もなくそれを喜んで、ちくりと痛む胸の棘をやり過ごす。私が“レヴァス”を読み解いていると話したのは、この学院で彼だけ。ダリアン教授も知っていたようだが、彼は元よりよく図書館を利用する。私の口から話した憶えはないから、何かの折に見かけられたのだろう。彼が隣にいない今、“レヴァス”を読み遂げたとしてその喜びを伝える相手は見当たらない。最終章と書かれた頁に挟んだ栞を見て本を閉じ、私は初めからその予定だっただろうと自分の思考を正しながら、席を立った。もうすぐ予鈴が聞こえる。


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